剣さんは60歳のとき、もう一度『ミー・アンド・マイガール』を演じることになりました。しかも、主人公のビル役。久しぶりの男役です。
「パワーがいりましたねえ。一人で舞台を引っ掻き回していくようなテンションが必要ですから。でも還暦になってもそういう場を与えてもらえたというのは幸せなことでした」
男優さんたちのなかで、剣さんは快活な少年のように見えてきます。
「無理をして、“男”に見せる必要はないと考えました。たとえば、宝田明さんはそこにいらっしゃるだけで伯爵に見える。そういう方々の胸を借りて、私が努めたのはいきいきと演じること。そして『人を愛する』という表現さえできればと思って舞台に立ちました」
剣さんのきらきらした瞳。宝塚仕込みの男役ならではの颯爽としたしぐさ。それは彼女にしかないものです。そこに観客は大きな拍手を送ったのです。
舞台は体力仕事。長時間に及ぶこともありますし、1日2回公演ということもあります。
剣さんにとって香りは安らぎの時間のもの。
「嗅覚というのは地味だけれど、五感のなかのほかのすべての感覚と寄り添っているような気がします。私はあまり香水は使いませんが、石鹸や柑橘の香りはほっとしますね。玄関にはセラミックにエッセンシャルオイルを落としたものを、キッチンにはよくリンゴを置いています。お風呂にもバスオイルを。香りがなければ幸せ感がないですものね」
稽古中は1日で2キロ痩せてしまうこともあるというから、驚きです。しかし剣さんにはみなぎるような健やかさと、こちらを安心させてくれるような空気があります。
「これから古稀に向かって、役も限られてくるかとは思います。でも、ここにいてほしかった、と望んでもらえる役者でいたいと思っています」
優しさと、慈愛を感じる眼差しに、多くのファンと後輩たちを率いてきた剣幸という人の心を感じました。
公式ホームページ
http://www.miyuki-tsurugi.jp/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 ヒダキトモコ
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