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  • 第17話 本日のお客様への料理『蕗と厚切りベーコンの煮もの』

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🥂Glass 2

 幸は凛花の注文とらずに、カウンターのなかの小さなスツールに腰掛けた。

 セルジュ先生の講義である。

「パリの若者たちは、カップルが二人で住むときに、一緒に絵を探しに行くそうだよ。二人がともに好きな絵を見つけて、その1枚に合う家を探す。家具を探す。まずは共感から始めるわけだ。
それはセンスの違いというところから始めるよりも、そのほうが素敵じゃないかな」

 幸はなるほど、と感じ入った。それはなかなかいい話だと思った。と思いながら、凛花の表情を探ると、納得は半分くらいの顔色だった。

「それはいい話ですけど。でも、絵も飾りたくない、っていうかも」

 そのとき、ふと、幸はクリスマスの夜のことを思い出した。

「共感、が大事なんでしょ。だったら、香りはどうかしら。ほら、クリスマスの時、凛花ちゃんがお手洗いに置いてくれたディフューザーの香りを、彼、気に入ってくれたじゃない。一緒に、好きな香りを探しに行ったらどうかしら」

 凛花の顔がぱっと輝いた。

「そっか。香りなら、置き場所に困らないし! いいですね。行ってみます。ママ、ありがとう」

 そういうや否や、また花が咲いたような笑顔になって、飛び出していってしまった。

「やれやれ。お客さんになってくれるのかと思ったのに」

 幸が呟くと、セルジュは幸の代わりに大袈裟に肩をすくめるジェスチャーをし、あっはっはと笑った。

🥂Glass 3

 店はまた閑かになった。夕暮れはその色を深め、セルジュは空っぽのグラスに目を落とし、白ワインを、と言った。

 新緑の季節には、うっすらとグリーンに輝く木漏れ陽のような白ワインが合う。

「グリューナフェルトリナーにしましょうか」

 幸が言うと、セルジュはにっこり微笑んだ。

「いいね。オーストリアは、今頃真っ白なエルダーフラワーの季節だよ」

「へえ。見てみたいです。エルダーフラワーのシロップはありますけど」

「ああ、それ、喉にいいんだよ」

「そうなんですか」

 幸はオーストリアワインの栓を抜いた。自分用には、エルダーフラワーのシロップをソーダで割った。

「乾杯」

 そこへ、また浮かない顔の女性がやってきた。

「あら、恭仁子さん、こんばんは」

 武蔵小杉から、また電車に乗ってきたのだろうか。それにしては、恭仁子は近所に買い物に行くようなデニムとくたびれたTシャツ、小さな生成りのトートバッグという姿だった。

「どうぞ好きなところへおかけになって。お荷物は隣の席へ。まだ誰も来ないですから」

 恭仁子は幸の声が聞こえなかったように、膝の上のトートバッグを両手でもって、ぼんやりと、カウンターの一点を見つめていた。
 幸は一呼吸置いて、もう一度言った。

「どうぞおかけになってください」

 恭仁子はゆっくりと、カウンターの一番端に座った。なんだか亡霊になってしまったかのようだった。

「…白ワインください」

 やっとのことでそう言った。

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