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  • 連載長編小説『4 LOVE NOTES』
    第6話 『多美子の出会い《後編》』

《4》

 数日後、打ち合わせのために集学社を岸場鷲士が訪れる日。多美子は朝のシャワーのあとに、チュベローズのオードトワレを手にしていた。かなり香りが強いので、べったりつけると社内で嫌われ者になりそうだった。少し考えて、天井に向けて2プッシュし、その下に降り立った。甘い香りのミストが、ゆっくりと振ってくる。しばらくそこに立ったまま、いた。久しぶりに少しうきうきした香り。

 そしてミストの下から現実に出て、メイクをした。グレージュの目元で、仕事の顔をつくる。ネイビーのサテンのワイドパンツに、淡い淡いグレーのカシミヤのニットを着た。パールのピアスをつけ、最後に腕時計をする。

 働く顔の私。これが現実だ。たとえ、うまく鷲士と付き合うことになったとしても、今更7歳の子どもの母親になるという自信はない。まったくない。

 会社に着くと、約束の10時の10分前だったが、鷲士が受付にいた。白いシャツにグレーのスーツ姿。そういう小綺麗な格好をすると、兄の卓士に似ているなと多美子は思った。

「おはようございます。早いですね」

 多美子が声をかけると、鷲士はちょっと緊張していた顔をほぐして、にっこり笑った。その笑顔がずるい。多美子は胸の奥のきゅん、という音を聞いた。

「あの、この間、すみませんでした」

「え、何がですか」

「いい匂いがしました、とかなんか、セクハラみたいなこと書いちゃって」

「いえ…」

 嬉しかったです、と言おうとしたが、多美子は口ごもった。今、彼にはこのチュベローズの香りは感じられているのだろうか。違う匂いだと気付いているだろうか。そんなことを思いながら、見上げるように彼を見つめた。鷲士は多美子の視線を受け止めて、優しい目をした。

 そのとき、横井の声がした。

「あーっ、俺、遅刻? んなことないよね」

 腕時計を見ながら、横井が走り寄ってきた。鷲士は多美子から少し離れた。3人はエレベーターに乗り、そこからはもう、仕事の口調になった。多美子は手にしたノートパソコンで胸元を覆って鼓動を隠し、自分に言い聞かせた。

 ないない、この人とは、これから仕事をするんだからね。

 エレベーターのなかを、行きどころに迷うように、ふわりとかすかにチュベローズの香りが立っていた。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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