《4》
私には会えないけど、ライブには行くんだ。
それが、麻貴にはショックだった。ショックのなかには、二つの種類があった。一つは、その言葉通りの翔平の気持ちが。もう一つは、自分が「仕事と私、どっちが大事?」なんて言うような女ではないと思っていたのに、そうでもなかったことが。
自分だけが、炎を燃やしていて、その炎がくしゅんと消されて、燃えかすの臭いがしているような気持ちだった。
麻貴は溜池山王まで歩き、地下鉄に乗ってドアの前に立った。少し涙が出た。泣くほどのことではない、と思い直すが、やっぱり涙が出た。
うちにたどり着くと、どっと疲れた。凍っているような気がするスマホには、着信もメールもなかった。
翌朝、10時を過ぎた日曜の朝。麻貴は翔平にLINEを送った。
「おはようございます。大丈夫?」
「熱はほぼ下がりました」
「よかった」
「フレンチクルーラーと、ポカリスエットのおかげで」
麻貴はくすっと笑って、ハートのたくさんついたスタンプを返した。
あの人は、会社へ行くより、私に会うより、たぶんピアノを弾くのが好きなのだ。
だったら、まず、会社を辞めさせてあげたらどうだろう。
私は翔平にとって、ピアノの次の、2番目でいい。
だから、ずっと一緒にいてほしい。
そう思うと、不思議なことに、麻貴は気持ちが楽になった。
そして今度会ったら、彼にそう言おうと、決めた。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。