成形された線香やお香は、乾燥室で乾かされます。室温は28~30度。
「それ以上高温で乾かすと、もちろん早く乾きますが、香りが飛んでしまいます。品質を守るギリギリの温度なんですよ」。
また、「伽羅大観」などの最高級のお香は、別室で扱われています。
さて、出来上がった線香を待っているのは、燃焼試験です。
「8%くらいまで乾いていることを確かめてから、乾くと縮むので、長さ、太さを測り、それに合格したものを燃焼試験します」
燃焼試験室では、線香の場合、立てた状態、灰の上に寝かせた状態などで測ります。
「立てた状態での燃焼時間は商品の箱に一般的なお線香ですと約25分~30分と記載されているので、その時間で燃えるかどうかを測っているのです。もちろん、風など実際に燃やす場所の気象条件もあるでしょうが、ここで20分で燃え尽きてしまった場合は、ここまでの工程のどこかで間違いがあると考えられるんです」
ちなみに約25分~30分という設定は、諸説ありますが、一説によるとお経の時間の平均値をもとにしたものだそうです。お客様から燃焼の時間についての問い合わせがあった場合に備え、過去5年間の商品サンプルが用意されています。
太めのお香は長いまま、イソガミで断面が六角形になるようきっちりと巻き、高速カッターで裁断。この「巻き」こそ熟練の技。メンバーは厳選されています。
線香は箱に詰める前に縦にとんとん、と机に落としてほぐします。高級品の仕上げは紙で丸くぴっちりと巻きます。
ここで蛯澤工場長が特別なお香を焚いてくれました。
「最高級品です。特別にお焚きしましょう」
なんともいえない、いい香りに丸ごと包まれます。荘厳な寺院の本殿の奥に招かれたような、品のある静謐な香りです。
「香には、上匂いと言ってそのままの香りと、焚いたときの香りがあります。そして煙が漂った後の香りがまた良いんですよ」
蛯澤さんの表情が和みました。
ちなみにこの『伽羅 富嶽』、1束で20万円です。
高級品を巻くことができる、優秀で繊細な女性スタッフたちに囲まれて。
蛯澤工場長は入社して31年。巣金から出てくる柔らかい状態の線香をとる盆板を並べたり運んだりする作業、線香を並べる作業、機械を動かす作業、燃焼試験室、外注まわりなど、様々な仕事を経て、現職へ。
「一作業員の時代は個のことだけ考えていればよかったのですが、今は他部署との連携、全体的なことが業務です。周りに助けられていますよ」
これまで先輩に教えられて一番心に残っている言葉は「たいがいのことなら聞いてやるから、考えてものをしゃべれ」ということだそう。
「それを言われたときは鳥肌が立ちました。本当にNoを言わない人でした。だからこそ、軽い言葉は口にできないな、と思いましたね。仕事に対してより慎重になり、やりがいを感じられるようになりました」
最近は、中途採用で若い職人志望の方もやってくるようになりました。
「手作業が多いのですが、いい先輩がいてちゃんと教えてくれますから。興味と愛情をもってくださる方が増えるといいなと思います」
日本文化の一つである、香りの文化。その主役である「香」の品質を保っているのは、蛯澤工場長はじめ、ここに働く人たちの真心のこもった手仕事なのです。
取材・文 森 綾
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
撮影 ヒダキトモコ
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