なかなか青い色素の遺伝子が働いてくれない。研究員たちは毎日バラを眺めながら、議論し、考えに考え続けました。
「1992〜3年頃のものは、咲いたには咲いたけれど、青くなくて、青い色素も全くできていませんでした。’94年にはペチュニアの遺伝子が働いていないことがわかりました。でもなぜ働かないのかがわからない。’95年には、カーネーションにペチュニアの遺伝子を入れることができ、青い色素を作らせることができました。カーネーションは、延べ10種類以上できました。なぜカーネーションでは素直に働いて、バラでは働かないのかがわからない。ご機嫌が悪いのか(苦笑)。それでも、さらなる試行錯誤の末、1996年に、パンジーの青い色素の遺伝子をようやくバラに入れることができました」(田中さん)
ただ、やっとバラに青い色素の遺伝子は働いたものの、問題が一つありました。
「青い色素を合成する遺伝子をいろんなバラに入れたのですが、赤いバラにしか入らなかったんです。だからご想像の通りだと思いますが、赤黒いような花になりました。紫にも至りませんでしたね。色素はできているけれど、細胞の中の条件が違うのです。」(田中さん)
その後、’97年に中村研究員が入社、2000年からこのプロジェクトに参加することに。
「研究室の温室で最初は5センチあるかないかくらいの苗から育て始めます。一番初めに咲くバラは5枚程度の花びらしかないものも多く、青っぽいかな、どうかな、くらいしか最初はわからない。最初にいいな、と思っても、実際に大きく育ててみた完成形を見ると違うな、ということの繰り返しでした」(中村さん)
いろいろなバラの品種に入れてみて、そしてとうとう、2002年には、青い色素がほぼ100%となり、見た目も従来のバラよりも青いバラが咲きました。
「そこからまた遺伝子組み換え(法律では組換え、新聞などの表記では組み換えとされる)の国の認可を取るのが大変でした。2004年に発表しましたが実際に発売開始したのは2009年からでした」(田中さん)
「いつまでには作らないとという約束もありましたから、できたときは良かったと思いました。が、理屈上は遺伝子が入っても、実際に手に取る皆様に青いと認めてもらわないと意味がないので。より青い花を咲かせたいですね」(中村さん)
青いバラは「Applause(アプローズ)」と名付けられました。英語で「喝采」を意味します。花言葉は「夢 かなう」。バラたちが長年の気の遠くなるような試行錯誤の果てに生まれた結果へ拍手を送ってくれているような。
「販売価格が通常のバラよりも高額、かつ取り扱い店舗も限られているなど、その希少価値からも、人生の節目、特別なシーンで使っていただいているようです」(中村さん)
門出やプロポーズ、旅立ち。そこへ静かに想いを込める。青いバラには赤やピンクにはない、清々しくも深い感謝や祈りが込められているようです。
こうして研究者たちが静かな情熱を長らく注いだ青いバラ「Applause」は、予想外なところでも喜ばれてきました。それはこのバラのもつ独自の香りです。
「香りがすごく良い、ということは、咲いてみてわかったことです。バラの香りとひと言で言っても7つのタイプに分類されています。そのなかで、これまで青いバラがなかったにもかかわらず「ブルーの香り」という類があるんです。一般的な品種改良で生まれたブルームーンという、紫を帯びたバラもその類です。Applauseには、ブルーの香りに特徴的な類の、青リンゴのような、柑橘のような、爽やかな良い香りがあり、本当に独特なのです。香水などで一般的に知られているバラの香りと比べても、青葉、レモン、スミレなどフレッシュな香気がプラスされています。もともとの華やかな甘さのある香りに加えて、これがなんともいえない爽やかさにつながっているのです」(中村さん)
香りの分析は、日本香堂の調香師にも次回、お話を伺いましょう。
花瓶に入れられ、周囲の空気まで淡い淡いブルーをそよがせてくれそうなApplause。これまでのバラの艶やかさ、華やかさを抑えた穏やかで心安らぐ香りは、きっと気品を重んじる人の手に届くことでしょう。
サントリーが長い歳月をかけて開発した奇跡の青いバラBlue Rose Applauseを
日本香堂が祈りの形に、それがBlue Rose(ブルーローズ)。
関係者のインタビューは下記から
取材協力・サントリーグローバルイノベーションセンター株式会社
取材・文 森 綾
https://moriaya.jp/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
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撮影 北岡一哉