《4》
えんちゃんと元カレの待ち合わせは、正午にサンスーシ宮殿の前、ということになっていた。
サンスーシ宮殿は、金の飾りのあるロココ調の派手な建物だ。建物の足元は段々畑のようにオレンジが植えられている。秋にはたわわに実り、オレンジ色になったのだろう。もうその時期も過ぎていて、冷たい風が吹き抜けていた。
「なんか可愛い建物だね。ちょっと見に来てよかったかも」
エリコは建物を見上げて言った。えんちゃんもじっと見上げていたが、おそるおそる時計を見ながら、辺りを見渡す。
「… もう時間を過ぎてる」
「遅れてんのよ」
「そういう人じゃないんだけど」
10分過ぎても、15分過ぎても、ベンちゃんという人は現れなかった。30分も経つと、二人とも体が芯から冷えてきた。
「もう来ないわ、きっと」
「時間間違えたんじゃ…」
「ううん、もういいの」
えんちゃんは、最後に、という感じで、もう一度サンスーシを見上げた。
「このお城はね、フリードリヒ2世という人が建てたの。その人はゲイで、ずっと独身で。若い頃は楽しんでいたのだけど、年をとって、誰も遊んでくれなくなって、最後はイヌとお墓に入ったんだって」
「…ふうん」
エリコは自分のことのように悲しくなってきた。いっつも強気で口が悪いえんちゃんが、今日はか弱い女のコになっている。
「でもね、来てよかった。もうあきらめがついたわ」
「うん。えんちゃん、大丈夫だよ。あんたイケメンだから、まだまだ次がいるわよ。ちょっと口が悪いけど。… 残念な男だけどさ」
「いやだ。残念な女に言われたくないわ」
二人は笑って、帰る前にもう一度、あのスパゲッティは食べておこう、と約束した。
終
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。