こうしてサックスとクラリネットの二刀流となった辻本さんですが、今年、クラリネットという楽器で改めてソロデビューしたのには、強い思いがあります。
「現代クラリネット界に革命を起こしたいんです。というのも、今はクラリネットって地下に潜っている感じがしてしまいます。昔はベニー・グッドマンとか、クラリネット奏者がメインにいた時代があったんです。それに学生時代に吹奏楽をやっていた人の数から僕なりに試算すると、200万人ぐらいの人がクラリネットを触ったことがあるはずなんです(辻本概算)。例えばもし、僕のクラリネットの曲がドラマの主題歌になったりして世の中に流れたら『僕もクラリネットやってたんだよね』と言いたくなると思うんですよ。全国のまだ声を上げられていないクラリネットプレーヤーのみんなと一緒に表に出る夢を叶えたいんです。一人で咲くより、みんなで咲く方がいい」
この夏から秋にかけては、プロの吹奏楽団との共演が続きます。
「先日、G音楽たいという吹奏楽団の10周年記念公演にて、東京佼成ウインドオーケストラのメンバーと共演させてもらって、10月には大阪・シンフォニーホールで、同じく東京佼成ウインドオーケストラやオオサカ・シオン・ウインド・オーケストラのメンバーとも共演させてもらいます」
今年はクラリネットというルーツに立ち返ったような辻本さん。ブルーノート東京では、日本人クラリネット奏者として初となる単独公演が開催されました。
「お話をいただいた時は、現代クラリネット界に革命を起こすという意味では、一つの点を打てると思いました。でも結局、ライブのことをしっかり考えると、目の前の人にどういう思い出を持って帰ってもらうかなんですよね。CDのプロデュースもしてくださったカワムラヒロシさん率いるバンドメンバーとのリハーサル、そしてスペシャルゲストの作曲・編曲家 吉俣良さんとのリハーサルを終えた時、客観的に、なんて贅沢な空間なんだろうと思いました。そうして迎えた本番当日、最高の音の時間をお届けできたなと思います。そして終演後すぐにゲッターズ飯田さんが挨拶にきてくださって、開口一番、つーじーくんと出会えてよかったと思った、と言ってくださったのもすごく嬉しかったです」。
ツアーで各地へ旅することも多い辻本さんは、楽器にその場所の香りをまとわせて帰ると言います。
「楽器って、個体別に、その楽器に染み付いた匂いがあるんです。ケースの匂いなのかもしれませんが。でも楽器のケースは決して密閉性が高いわけではありませんが、どこかへ行って、帰ってきて、そのケースを開けると、また演奏してきた場所の香りも漂うんです」
特に、野外でのコンサートの香りが顕著だそう。
「野外だと、その場所の芝生の草の香りだとか。東京で焚き火のイベントに出たことがあって、その時は焚き火の香りがしました。それが不思議なんですけど、そんなわかりやすい香りも、数日たてばもとの楽器の匂いに戻るんですよね」
この人は演奏しながらも、香りや空間をその場その場で、ちゃんと味わうことができるのでしょう。そういう人だからこそ、その思い出もよりくっきりと蘇ってくるのです。
「香りはその時のことを思い出させてくれる記憶のスイッチですね」
楽器を持たずとも、音楽が鳴っているような。辻本さんの存在は風のように軽やかに、でも出会う人の心にしっかりと残っていくことでしょう。
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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家として活動を始める。
東川賞新人作家賞受賞、日本写真協会新人賞受賞、さがみはら賞新人奨励賞受賞。写真集に『Baghdad2003』(碧天舎)、『隣人。38度線の北』『隣人、それから。38度線の北』(徳間書店)、『True Feelings』(三栄書房)、『沖縄のことを教えてください』(赤々舎)。
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