長く海外生活をしていた千倉さんは、ラジオ時代の人脈を辿ることに。
「テレビのテロップや雑誌などで、小山薫堂さんの名前を見て、そういえば四谷に文化放送があった時代、アルバイトに来ていた小山くんに頼んでみたい、って思ったんです。当時は小山くん、ってみんなが呼ぶのは名前が薫堂だからだよ、なんて言われていました。それで連絡先を調べてメールをしたら、私のことを憶えていてくれました。忙しいのに、翻訳の仕事も引き受けてくれました。彼の肉筆画とてもいい感じだったので、絵にぴったりだから、そのまま使うことにして」
当時、千倉書房の本は学術書なので生協などで流通していて、あまり書店にはなかったようです。そのため、営業部というものもなく、千倉さんが取次や本屋さんに出向いたと言います。
「注文書は?と聞かれて、注文書ってなんですか、って1から本屋さんに教えてもらいました。
でもちょうど小山さんが人気者になっていく時期とも重なって、5万部くらい売れました。今もロングセラーで、重版を重ねて14刷になっています」
その後も2008年に同じフランスのイラストレーターの作品で『パリのおばあさんの物語』も、女優の岸惠子さんが翻訳し、ベストセラーとなりました。それまで翻訳は手がけないとしていた岸さんが自ら会社に快諾の電話をしてきてくれたのです。
「作品がいいからやります、と言ってくださいました。見本ができた頃『テレフォンショッピングに出ますよ』と事務所の方から連絡があって、えっと思ったら、『笑っていいとも』のテレフォンショッキングだった!(笑)。本はどんどん増刷を重ね、サイン会などもご一緒させていただきました」
ラジオ時代の仲間たちも本を紹介してくれました。
「15年も20年も経っているのに、憶えていてくださってね。その後、さだまさしさんに翻訳してもらえたり。ご縁をつなげてもらっているラジオにはひたすら感謝です」
それは初めてラジオの仕事を始めてから、やがて出版に携わるようになっても、千倉さんが正直に真っ直ぐに仕事をしてこられた結果でしょう。
2009年に夫を亡くした千倉さんは、夫婦で最後に暮らしたパリには格別の思い入れがありそうです。
「フランス人は初めましてでも、頬どうしをチュッチュっとくっつけたりします。その時に、人それぞれ、いろんな香りがあるのだなと。それを文化として感じました。フランスの人たちと香リはすごく身近にあって、例えば家にお呼ばれをして、食事の後に、ソムリエの勉強用の香りのキットを持ってきて、これはなんの香りかと当てあったり。大きな箱の中に、小さな香水瓶のようなものが何十と入っているセットで、そういうものが本屋さんにも売っているのです」
香りを当てる。日本の香道を思わせる、なんとも風雅な遊びです。
「私はこの前、友達に、『田舎の縁側とか、庭とか、畳のお線香の香りとか懐かしさを感じる』って言われました。父と夫。40代で身近な人を亡くして、お香をたいて、癒されてきたからかもしれません」
そこで悲しみに立ち止まってしまわなかった千倉さん。2人のお子さんの存在もあり、お父様に託されたものもあり、そしてラジオの人たちがいました。
「前を向くしかなかった。いつもどうしようかと思いながら、でも前に進んでいますね」
6年目に突入する文化放送『ミスDJリクエストパレード360』は、10月から12時から2時と時間帯も変わり新たに進化していくようです。ラジオと、活字と。千倉さんの言葉はその場所を照らすキャンドルの灯のように、受け取る者の心も前向きにしてくれることでしょう。
番組HP
https://www.joqr.co.jp/qr/program/missdj/
千倉書房 千倉真理の担当絵本のサイト
https://www.chikura.co.jp/category/select/cid/31
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家として活動を始める。
東川賞新人作家賞受賞、日本写真協会新人賞受賞、さがみはら賞新人奨励賞受賞。写真集に『Baghdad2003』(碧天舎)、『隣人。38度線の北』『隣人、それから。38度線の北』(徳間書店)、『True Feelings』(三栄書房)、『沖縄のことを教えてください』(赤々舎)。
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