実際に工房を見せていただきました。神聖な場所のような気がして、まずは踏み込まずに外から。ふいごを引き、炎を真っ赤に焚いて、赤くなった鉄を槌でカツンカツンと叩いていきます。ゴツゴツしていた鉄がみるみる真っ直ぐになっていくのが魔法のようです。
「刀鍛冶の神様は金屋子様といって、女性なんです。だから、鍛刀場に女性が入るとやきもちを焼いて刀鍛冶が怪我をすると言われていたのですね。でも幕末には岡山県に女性の刀鍛冶がいたようですし、うちにも半年ほど女性の弟子もいたことがあります。体力的に続かなかったようですが」
刀といえば、人を斬るものというイメージがありますが、実際、歴史上、そんなふうに使われていたのはほんの一時期なのだとか。
「刀が主要な武器として使われたのは、歴史上ほんの一時期です。
例えば幕末、黒船が来て海外への脅威を感じたり、武士階級に憧れた草奔の志士たちが『刀』にこだわったのでしょうね。弓馬の道、槍一筋の家、という言葉があるように、戦国時代までは、馬に乗れる身分の武士にとって槍や弓矢が巧みであることが求められました。加藤清正のように、槍の名手で大名になった人はいますが、剣術で大名になれた人はいない。高名な剣術家たちも、大名の客分や剣術指南役がいいところですしね」
世界的に見れば、武器はいかに使いやすく量産されるかというところで進化してきたそう。
「日本では、中世に鉄砲が生産されるようになっても、刀だけは変わらずに大切にされてきました。これは恩賞や心の拠りどころ、美術的な価値が日本刀に求められてきたことと、江戸時代以降、刀は武士のステイタスシンボルとしての役割を果たしてきたからではないかと思うのです」
川崎さんは、刀はものさしだったと推察しています。
「日本人は同じような刀をいかに精妙につかえるかに心血を注ぎ、その結果、どれだけ修行したのか、どんな人間かをはかるものさしの役割も果たしたのではないでしょうか。ただの武器なら、現在でも私たちが作り続ける意味はないのです。まずはお守り、心の拠りどころという精神性、もう一つは美術性。その奥に武器という要素。三つが揃っていてこその刀なのです」
作る時も、その三つを叶える難しいバランスが要求されます。
「鉄の持ち味が生きているけど無骨ではない。白く冴えた刃でありつつ、脆くはない。技術がどんなにあっても、そこから先に作品となるかどうかはまた別。自分の想定を超えてよくなることもあるし、ダメになることもある」。
鍛刀工程の前にはたくさんの炭を切る作業から始まります。切り方は工程ごとに違うそうですが、年間5トンもの炭を使うのだとか。
「刀鍛冶は赤松の炭を使います。火力があり、最後までその形で灰になるのです」
臭さや目が痛くなるような感じは全くなく、その炭が焼ける香りはなんとも香ばしく、どこか甘やかな木本来の香りもします。そこで何時間も鉄を打つ仕事は、過酷ではありますが、自然と一体になっている豊かさも感じました。刀にこもるのは、そのひと槌ひと槌を振り下ろす、川崎さんの心身の全てです。
実際に、作品となった刀を見せていただきました。山並みを見るような美しい刃紋。もともとそうであったかのような、優美な反り。おそるおそる手に持たせてもらい、掲げると、なんだかかつてこれを腰につけていた人たちの覚悟や矜持までがふるふると伝わってくるようでした。
「平安中期から後期に、こういう曲線の起源があります。それ以前は真っ直ぐな『直刀』なのですが、実は焼きを入れたら反りが生じるというのは自然な現象なのです。ちょうど当時は紫式部や清少納言がひらがなを使った時代でしょう。これは私の想像ですが、曲線というものの美にたどり着いた豊かな時代なのではないでしょうか」
『源氏物語』の夕顔の巻には、夕顔のそばで怪しい気配を感じた光源氏が太刀を抜き、枕元に置いて、生霊を祓おうとしたというシーンもあります。
「キラキラと美しく輝く鋼に魔物はよりつかないという考えが、すでにそこにあったということです。鍛え上げられた鋼の神秘、呪術的な意味合いもあったのでしょうね」
刀に日本の歴史を思い、日本人が本来もっていた品性を思い出す。新年、私たちに必要なのは、このような思いを新たにする時間ではないでしょうか。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家として活動を始める。
東川賞新人作家賞受賞、日本写真協会新人賞受賞、さがみはら賞新人奨励賞受賞。写真集に『Baghdad2003』(碧天舎)、『隣人。38度線の北』『隣人、それから。38度線の北』(徳間書店)、『True Feelings』(三栄書房)、『沖縄のことを教えてください』(赤々舎)。
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