今はとても健康的な美しさを湛えている村治さんですが、ピンチも2度ありました。1度目は20代のとき。
「手首から先がピクリとも動かなくなったことがあったのです。何ヶ月も弾けませんでした。演奏が度重なって神経が疲労していたのと、寝ている時に圧迫されたのが原因だったようです。筋肉が切れているわけではなかったので、少しずつ感覚が戻っていきました。それからは、寒くなってくると、体を冷やさないようにしたり、旅先へも慣れた枕を持っていくようにしています。新幹線でも首枕を使ったりすることもあります」
また30代でも大病を経験しました。
「1ミリも願って居ないことも起こるんだなと。それはギター以外での大きな挫折でした。だからその後、吉永小百合さんの出演された映画『ふしぎな岬の物語』のプレミアで弾かせていただいたときは、またステージに戻ってこられたことが本当に嬉しかったです」
それから後の活躍は、まためざましいばかり。
昨年もコロナ禍のなか、素晴らしいアルバムが完成しました。
「期せずしてベスト盤になったのですが。パッケージをギフトとして使っていただくのも素敵かもと思い『Music gift to』の後にyouをつけるという限定をしなかったのです。どなたかが大切な方のお名前を書き込んでプレゼントしてもらえたらと。クラシックは芸術であり、エンタテインメント性も持ち合わせています。良い作品はジャンルに関係なく、演奏することによってお客様との距離は縮まります。聴いてくださる方との良い距離感を大切に高い精神性をもってレパートリーを広げていけたらと思います。そこにエンタテインメント性もミックスしつつ」
今年3月には、サントリーホールで、前半に村治さんが「アランフェス協奏曲」を弾き、後半は注目のピアニスト、反田恭平さんがショパンを弾くという、夢のようなコンサートも開催されます。
「数年前に4日間連続でアランフェスを弾いたことがあったのですが、回数でそれを超えてくる経験があるとは(笑)。でも4日連続のときにまだ弾きたいなと感じたので、今回も準備して楽しく過ごしたいです」
与えられるものを真っ直ぐ受け止め、最大のパフォーマンスをしていく。それは簡単なことではなく、その道のプロフェッショナルではない私たちには想像もつかないことがたくさんあると思います。
「音楽は目に見えないものですよね。目に見えないものを動かすというのは、とても厳かなことで。演奏も、捧げるという気持ちがどこかにありますね」
どこまでも音楽とギターと聴衆に真摯な村治さん。人としての成熟はますますその音を美しく人を包み込むものにしていくことでしょう。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家として活動を始める。
東川賞新人作家賞受賞、日本写真協会新人賞受賞、さがみはら賞新人奨励賞受賞。写真集に『Baghdad2003』(碧天舎)、『隣人。38度線の北』『隣人、それから。38度線の北』(徳間書店)、『True Feelings』(三栄書房)、『沖縄のことを教えてください』(赤々舎)。
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