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    第131回:松井五郎さん(作詞家、アーティスト)

《3》時間と香り。その見えないものへの想い

 あまりにも忙しそうなのに、松井さんはとても落ち着いた静かな佇まいの人。それは彼独自の時間の捉え方に由来するのかもしれません。

「我々は時間に囚われています。時間だけはどうすることもできない。僕は特に信仰心はないけれど、時間は抗えない神のような存在だと思っています。だからそれを歌にしたり、何か形にして見たいと思ったりする。そういう意味で、砂時計というものにとても興味があるんです。時間は砂時計の形。∞(無限大)のようでもある。コレクターではないのだけれど『こんな砂時計があったら』と、職人さんと作っていくうちに、たくさん出来てしまいました」

 エロスからタナトゥスへの時間の流れを形にしようと、胎児と髑髏のフィギュアが入った砂時計があったり、無を表現しようと、砂時計の形状のガラスに何も入っていないものもあるのだとか。

「∞の形の真ん中にオリフィスがある。そこが瞬間。今、ですね。過去と未来を繋いでいる。そこ以前とそこ以後にあるものというふうに考えていたら、色々と想像が膨らんで。以前、安全地帯のデザインで交流のあったデザイナーの駒形克己さんが『個展をしたらいい』と、背中を押してくれました」

 松井さんの砂時計たちに、言葉を添えた展覧会が5月10日から、東京・ギャラリー5610で開催されます。

「作品ごとにタイトルと詩があります。個展は立体的な詩集のようでもあるのかな」

 時間と同じくらい、松井さんは「香り」についても意識していると言います。

「詞の中にけっこう香りが出てきます。若い頃に好きだった人の髪の匂い、部屋の匂いとか、記憶と繋がっていますよね。街中で、昔付き合っていた人の髪の匂いがしたら、急に時間が逆行するような。安全地帯の『Friends』にも香りという言葉が出てきますね」

 安全地帯の『Friends』には「ふたり暮らしていた香りさえも消えていく」という詞が。

「詞の中で匂い、よりも香りという言い方をすることが多いですね。匂いという言葉はちょっと生々しい。香り、という字も好きだし、精神性も感じます」

 日常では、朝起きて、一本のお香をたくという習慣も。

「お別れした方がたくさんいますから。お線香代わりのようなところもある」

 漂う煙と、松井さんはどんな心の対話をされるのでしょうか。

《4》一つの仕事が終わると失業するという感覚

 こうして作詞以外にもDJ、デザイン、映像や写真の撮影と、表現方法をいくつも持つ松井さん。仕事というものは「需要と供給」だと言います。

「普段からやってみたいことはなんでもやってみる。ただね、仕事は需要と供給。自分を必要としてもらって、結果として作詞家と言われています。もちろん作詞家、と呼んでもらうからには責任を持っている。でも、自分としては、言い方が正しいかどうかわからないけれど、ある意味、無職、なんです(笑)」

 こんなに仕事されていて「無職」という言葉が。

「なぜかというと、詞を頼まれて書いて、OKになった時点で、失業するのです。毎回、試験を受けて合格となっても、そこで失業する。僕らの仕事は保証や約束というものがない。その繰り返しの40年です。だから毎日、面接に通っている感じ。やりたいことはいっぱいあるけど、自分が何ができる人間なのかよくわからないし、可能性という意味で空っぽにしておきたいという気持ちもある。ある日突然、絵を描き始めて、認められたら画家。一生わからないですよ、肩書きなんて」

 無職感。それは松井さんにとって、毎回、新しく生き直して書く志のようなものなのかもしれません。

「お客さんはスポンサーで、僕は皆さんに食べさせてもらっている。いい仕事をするように応援してもらって、僕の仕事は成立する。職業という意識は大事ですが、何かに囚われるのが嫌。仕事はは手段だと思っています。目的は誰かが喜んでくれる事。例えば、おにぎりを作ったら食べてくれる人がいて、美味しいと思ってくれる。僕の場合、おにぎりがたまたま詞だった。作詞家であることが意味づけされてしまうと、書いた詞が妙な価値観をもってしまう。作詞家という肩書きが作品よりも意味をもってしまったりすることもある。あくまで作品が基準」。

 どこまでも「松井五郎」として生きること。表現すること。松井さんの佇まいにあるどこか時間が止まっているような落ち着きは、そういうところから生まれてくるのかもしれません。この人の表現は、時間が止まっている瞬間と形を私たちに鮮烈なまでに伝えてくれるのです。

松井五郎さん

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▼公式URL
https://www.deska.jp/exhibition_onview

▼展示会の情報
松井五郎さん
松井五郎 時間外空想01「砂と形 (sunatokei)」展
2022年5月10日(火)〜5月31日(火) 11:00AM〜6:00PM
土曜日は1:00PM〜 日休 入場無料


取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com


2022.5.6 written by 森綾
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