4年前に埼玉・東松山市へ居を移し、SNSでは農業の投稿も多い中村さん。なぜ農業をしたかったのでしょう。
「ピアニストがピアノだけ弾いている時代じゃないと思うんです。アートは、一つじゃない。画家が絵だけを描いているわけではないでしょう。だから、あらゆることを自分で作りたい。場所、聞く人、演じる人。食べることで自分も作っていきたいんです」
その思いは、30代の終わりに、自転車で日本各地を周り、ライブ活動を行った経験にも起因しています。
「30代中盤頃、地方に行ってもただライブハウスを回るだけの日々が続いていました。移動しては夜、ライブハウスにいる。ここはどこ?長崎?へえ、みたいな。新幹線や飛行機に乗って、その場所へ着くと、プツッとその道程が切れてしまう。どれだけの距離感なのか、体感したいと思い始めたんです。それで、自転車で移動することにしました。自転車に乗っていると、風景は見ていないんですが、走りながらいろんなことを考えているんです」
体感して、表現する。中村さんはそういう原点にたどり着いたのかもしれません。
「田舎にいると、雨のときの匂い、雨が降った土の香り、晴れたときの香り。そういうものがはっきり感じられます。自然の風景を感じて生きているから、何か違うものになるのかな。自然を感じて自分にフィードバックする。気がついたら写真を撮っていたり。それはその景色を愛でているんでしょうね。何かこう、何に対しても求めなくなった。美術館へ行っても、目に入ってくるまで待っているというような」
自然の中に身を置いていることで、音楽にも影響がありそうです。
「音楽をやることは五感を駆使することですから。音楽が醸し出す香り、ってあると思う。それを聴いた人が脳で作り出す香りなのかもしれません。音楽をすることと、調香師と、スコッチのブレンダーは仕事が似ていると思います。脳のなかにあるイマジネーションを形にするという点で。僕たちはこんな音とこんな音を合わせると、こんな香りになるのかなと。さらに三者に共通するのは、音も香りも酒も”消えもの”だということですよね。視覚的なものは具体性が強い。聴覚、嗅覚、味覚は曖昧。その曖昧さが、おもしろい。ほんまにこれなんか、というような」
消えもの、に、人生を賭ける。
「50代は、演奏家として一番楽しみな時期だと思います。心技体が整っている。常にポジティブに、あらゆることをやれるだけやろうと思っています」
中村さんのブログの中で「やりたいことに対して能動的に頑迷であれ」という言葉を見つけました。彼が見つけた唯一無二の生き方は、これからの時代のアーティストたちにとって、一つの指針になっていくでしょう。
撮影協力 ホテルグランバッハ東京銀座
https://www.grandbach.co.jp/ginza/
ヘアメイク 茂手山貴子
■niwatazumiconcert
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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
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撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com