香りといえば、フランス料理に欠かせないのが、ワインとのマリアージュ。
トゥールダルジャン 東京からはフレグラボに登場してくださった森覚さんら、世界のコンクールで戦えるソムリエが育っています。
その理由の一つは、パリのトゥールダルジャンがフランスが世界に誇るワインを最も集めているからだと言えるでしょう。本店の地下にある、世界最大級のワインセラーには、約35万本のワインがあります。
「地下2階、1200平方メートルのワインセラーです。しかしトゥールダルジャンのワインが他のレストランと一線を画すのは、その規模だけではありません。
生産者からワインを購入してもすぐにお出しすることなく、熟成させた最高の状態でお出しするということです。生産者からは直接買い付けることがほとんどで、どのくらいの期間、どのような管理をしていたか定かではない業者から購入することはないのです。そのため、他所では入手困難なものもあるようです。東京店では、パリ本店から送られてくるものを中心に、約35000本、1000種類を超えるワインを取り揃えています」
フランスのワインが他国のものと全く違うのは、ワインを愛好すればするほどわかるところ。実際、日本の有名なソムリエたちは、フランスのワインに魅せられてソムリエを目指した人が多いのです。
「日本のソムリエがフランスのワインを尊敬していたことはとても良いことでした。フランスのワインは、初心者には難しいかもしれません。わかりやすい甘さもなく、渋さもあり、空気に触れると徐々に変化していきます。最初から最後までストーリーがあるのです。それは日本のお香と似ているのではないでしょうか。日本人は、その世界を脳裏に描くことができます。私は、日本人とフランス人の接点をそこに結べると思いました」
優秀なソムリエたちにさらに磨きをかけて行ったのは、ボラーさんのように本物を知る人たちの導きもあったのでしょう。
実際にソムリエ・コンクールなどを見ていると、彼らはワインの中のストーリーを実に細やかに言葉で表現します。
ボラーさんは彼らにどんなアドバイスをするのでしょうか。
「何を自分の鼻でキャッチしたかを、フランス語か英語で話すのですが、結局は自分の言葉で分析すれば良いのだと思います。日本の稲の香りとか、雨が降った後の草の香り、収穫の後の土の香りとか。フランスだと濡れた犬とか、湿った葉っぱとか、なめした皮とか、いろんな言い回しがありますが、ほとんどが自然の香りです。日本の地方の農業のこと、四季、自然のなかのものを表現できればいいと思う。時々、パリの道の石油の香り、なんていうのもありますが(笑)」
自然の香りを嗅ぎ分け、感じること。その大切さは、シェフにも共通するといいます。
「地方で育った地味な人と、都会で育った人と。コンセプトは全く違いますね。都会で勉強した人は侘び寂びのような文化は表現しやすいかも。でも、地方で農業を知って素朴に育っている人は、本当の香りを知っていますね」
たくさんの優秀なシェフやソムリエを見守ってきたボラーさん。彼の心には、いつも大事にしている言葉があります。
「私が日本へ来るとき、パリ本店の先代のオーナー、クロード・テライユが『Art de Vivreを忘れないように』と、声をかけてくれました。生きることは芸術そのもの。その意味は日々、美意識を刺激し、自分らしく過ごした方が人生は豊かになっていくもので、そのための術を持ちましょうということです。私たちはそれを意識し、お客様の人生を豊かにするレストランでありたいと思っています。またお客様一人ひとりの異なる美意識に寄り添うように」
クラシカルの真髄を知る人の言葉は、今の時代を生きる私たちの心に生き生きと響いてきます。香りを知る人のエスプリに満ちたレストランは、本物を知る人たちの心の拠り所でもあり続けるのでしょう。
●Tour d'Argent Tokyo | トゥールダルジャン 東京 オフィシャルサイト
https://tourdargent.jp
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com