前座の頃、小三治師匠の鞄持ちをして九州へ旅をしたのも、今となっては良い思い出。
「マネージャーではなく、一門の弟子がついていくんです。その時、こう聞かれました。『燕路に言われている小言を言ってみろ』。私は『掃除の仕方が悪い』とか『食事の時に手作りのおかずではなく、納豆から食べて、作った人の気持ちを考えていない』といったことを話すと、大師匠・小三治はこう言いました。『俺は安心した。燕路がちゃんとおまえに小言を言っていて。師匠の仕事は弟子に小言をいうことなんだ』と」
厳しい修行の奥にある目的は、自由の意味を教えること、だったのかもしれません。
「『自由を奪われないと、人は自由の本当の意味がわからない』と、小三治に言われました。なんの自由もない生活をする、ということは、自由になることの意味を知る、っていうことなんですね。『修行が終われば、おまえはこれからずっと好きなことをするんだぜ』と言った小三治の言葉が胸に残っているんです。プロポリスが好きで、プロポリスばっかりとっていたから、その匂いを嗅ぐと小三治師匠を思い出します(笑)」
厳しい4年の修行を乗り越え、二ツ目へと昇進したこみちさん。
やっと自分の落語を師匠に見てもらえるように。
「ところがもう話出して10秒で『そんなの落語じゃねえ』。また話しても『何を修行してきたんだ』。1分ぐらいで涙が溢れてきます。『オレのくすぐり(笑いどころ)は全部抜け』と言われたときには『弟子が師匠の芸に憧れてどうしていけないのですか』と泣き叫んでしまいました。すると、こう言うのです。『オレと同じ噺家は、二人要らねえんだ。おまえ自身で作らないと。おまえでしかできない噺をやらなきゃ、生き残れねえんだぞ。飢え死にするぞ』と」
その時に初めて「情にほだされる師匠を見た」と、こみちさんは振り返ります。
「『落語らしくあるには、そこんとこの順番を入れ替えろ』とか、具体的なことを教えてくれるようになりました。教えの意味がわかった後は、私も高座の空気をどう作るか、落語らしさや技量を考えながら、私にしかできない噺をどう作るか、を考えるようになりました」
2017年には真打昇進。私生活では結婚、2人の息子の出産と、全力疾走の20年です。
「落語協会では、いま女性の落語家は19人。女性の落語家が持ちネタとして選ぶ古典落語は、ネタが似通ってるんです。登場人物のなかの女性も、おかみさん、お妾さん、芸者や遊女、幽霊の4パターンくらい。私はそこへ、女中、婆や、若い娘たち、キャラの濃いおばちゃんなど、色々加えています。だって、女性はいつの時代もいろんな人がいるんですから。この噺はこの登場人物を女性に変えてもうまくいくな、と思う噺はあるんです。ただ私1人でやっていても、その手法は広がりません。私の持ちネタが180くらいあるなかで、女性版や、女性が活躍するようにつくった噺は40ほどあります。それらを少しでも後輩たちに伝えられたらと願っています。そこで、『22世紀に残る女性の落語を作る会』というのをやるようになりましたら、お客様の反響がとても大きいです。女性が主人公の古典落語の本数を増やしていこうと。登場人物の性別を変えたり、登場頻度を変えたり。物語の中で損な役回りの女性にスポットを当てたり」
「古典落語」で笑わせたい。こみちさんがそこまでこだわるのは、老若男女のお客様に楽しんでもらうため。
「落語に慣れているご年配の方々ももちろん大事ですが、若い男性、若い女性が笑ってくれる、共感してくれる落語を考えないと。後輩の美しい女性たちの魅力が噺のなかでたくさん発揮されていくことも、落語界全体、寄席にとっても大事ですからね」
落語で女性を主役にする。そこにこだわるのは、やはりそれまでの落語は、男性だけのものだったからでしょう。
「たとえば、私のような女性が古典落語をまっすぐやって、及第点をとっても、及第点止まりなんです。及第点とは、つまりゼロ地点ですよね。お客様が楽しんで、大笑いしてくださらないと意味がない。寄席で第一線で活躍する真打は、猛者の中の猛者。男性の役が男性の演者に乗り移って、爆笑を巻き起こす噺家たちのなかで、自分も出番を頂かなくてはならない。そのためには、女性の役が女性の演者に乗り移って笑っていただけるような噺や、お客様に喜んでいただけるような空気を作らなければと思うんです。だから私は、落語のなかの女性にこだわって、弾けて、音曲、踊りも取り入れて、私にしかできない女性をやろうと思ったんです。その方が、アドレナリンが出て自分も楽しいですからね」
こみちさんの落語は、こみちさんにしかできない芸。男性とか女性とか、性別を超えたところにある「人」の芸の域。
真っ直ぐに一筋を目指してきた人の芸は、人生を重ねて、ますますその輝きを増すことでしょう。
●柳亭こみちさん公式ホームページ
https://komichinomichi.net/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 ヒダキトモコ
フォトグラファー。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS)会員。
米国で幼少期を過ごす。慶應義塾大学法学部卒業。人物写真とステージフォトを中心に撮影。ジャケット写真、雑誌の表紙・グラビア、各種舞台・音楽祭のオフィシャル・フォトグラファー。官公庁や経済界の撮影も多数。
https://hidaki.weebly.com