物語。グルメ。音楽。『孤独のグルメ』は、久住ワールドが凝縮した作品といっていいでしょう。
「始まった時に、深夜だから新聞のラテ欄にスペースがなくて『孤独』とだけ書いてあったんだよ。あれには笑った。そんなの見ないでしょ(笑)」
ところがドラマの人気はうなぎのぼりに。今や一気見の再放送や、年末にはスペシャルも。
「まさか12年前に『孤独』から始まって紅白の裏番組になるとは、夢のまた夢だよね。僕はいつも、このシーズンで終わり、と思いながら書いているけど。松重さんも引き際がわかんなくなったって笑ってます。世間で次の五郎は誰だとか言ってる人がいるらしいけど、松重さんが食べるのがつらくなったらおしまい。何もかもまたゼロから考えないと。いつ終わってもいいドラマなんで」
もはや松重さんと一蓮托生ということでしょうか。しかし『孤独のグルメ』はなぜここまで人の気持ちを捉えるのでしょう。
「ツィッターに幼稚園の子どもの『腹が減った』というものすごくカワイイ動画が上がってて、その子がお母さんと昼のライブに来てくれたんです。お母さんがお迎えに行くと『よし、店を探そう』って言うんですって。他にも、広島に住むシングルマザーの女性が”赤ちゃんが夜泣きするときに『孤独のグルメ』を見せると泣き止むんです、すごく困っていたので本当に感謝します”というメッセージをくれたこともありましたね。あと”うちの子は2歳だけど『孤独のグルメ』が始まると、絵本を放り出して画面にはいはいしていきます”というカキコミもありました」
お腹が空く。探す。食べる。そういうシンプルな行為は人間の原始的な欲望と直結しているのかもしれません。
「今のテレビっぽくないドラマだと思う。テロップも出ないしポコっとか変な効果音を付け足さないで、静かだし。そういう今っぽくないところが、逆に珍しいのかな」。
シンプルなドラマのなかにも、店のなかの人間関係や、五郎の感情が見え隠れする。久住さんの漫画は、どれも濃やかな人間観察に裏打ちされたものがシンプルな言葉にぎゅっと凝縮されています。
先日は20代の頃のデビュー作『かっこいいスキヤキ』の配信が、22万アクセスを超えました。
また弟の久住卓也さんが画作するコンビ、Q.B.Bで描く『古本屋台』(集英社)も不思議に自分がそこへ行ったような気持ちになる、しみいるような漫画です。
弟の卓也さんとは、旅に出たりすることもあるようです。
「弟とバリ島に行ったときにね、ウブドにケチャを観に行ったんです。そのあたりに一軒しかない雑貨屋があってね。お菓子と一緒にゴム草履とか、日用品を何でもかんでも売っていて。弟が『ここ、おじいちゃんちの匂いがする』って言ったんですよ。バリ島の雑貨屋で、山梨県上野原町の食料品店の匂いがした。本当にそうで、あまりにも意外で、懐かしくて、驚きながら、二人してくすぐったいように笑っていた」
海辺の街の、いろんな雑貨が混じり合った香り。そこで日々を営む人たちの匂いも入り混じった香り。それが遠い記憶の中にある、おじいさんの店と同じだったという不思議。
「ゲラゲラ笑うような話じゃないんだけど、面白い、という話がいつまでも忘れられない。これも弟の話なんだけど、『今日、俺、中央線に乗ってたらオヤジ(父)の屁の匂いがして、思わず見回しちゃった』っていうのも、笑ったなぁ。乗ってるわけないのに。わかる。思わず『え?お父さん?』って(笑)。匂い、香りというのも、一瞬にして昔と今をつないでしまったりする面白さがありますね」
久住さんがつくる世界は、一旦入ると居心地がよくて抜け出せないようなリズムがあります。その人間を見る目の深さ、濃やかさ。そして嫌なことやダメなこともスルッと笑ってしまえる強さに、私たちはひかれるのかもしれません。
▽インフォメーション
最新刊『古本屋台2』
屋台中に古本が並び、一杯百円で白波のお湯割りが飲める(ただし飲み屋じゃないから一杯だけ)
「古本屋台」に集うのは本とお酒を愛する老若男女。頑固で飄々、どこか憎めないオヤジのキャラがクセになります。
https://www.amazon.co.jp/古本屋台2-Q-B-B/dp/4860114876/ref=pd_lpo_sccl_1/357-6467813-3705362
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com