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    第199回:永田和宏さん(歌人、細胞生物学者)

《3》こんなに残っているのは重すぎると思った歌が、今は宝物

 永田さんは、最近になって、こんな歌をよみました。

わたくしは死んではいけないわたくしが死ぬときあなたがほんたうに死ぬ

永田和宏『夏・二〇一〇』より

「亡くなった人は、のこされた人間が覚えていてやらなければ、そしてしょっちゅう思い出してやらなければ、存在として無になってしまいます。それでは死者があまりにかわいそうです。私は彼女をもっとも知っているものとして、そういう想いはあります」

 河野さんが心身を映した、息を呑むような歌もたくさん残っています。

「河野がもうダメだと思った頃、『歌がこんなにのこっているのは重すぎる』と彼女に言ったことがありました。読むと泣いてしまうというより、読むのがしんどいという感じになっていたんです。でも、亡くなってしまうと、読み飛ばしていたようなところにも私と彼女がいて。これは宝物だったんです」

 死ぬまで互いの命を燃やした連れ合いが亡くなるという状況は、そうなってみないと想像ができないことです。おそらく永田さんのこの13年は、さらに妻を想う時間だったのでしょう。

「先に自分が死ぬと思っていたので。彼女は寂しがり屋だから、後にのこらなくてよかったのかな。僕が先に死んだら、彼女はどうしたかなと。そうして、僕が連れ合いでよかったのかなと思ったりしました」

 第三者から見れば、唯一無二のお二人の関係性に見えるのですが、永田さんの「失ったかなしみ」がひしひしと伝わってくる言葉です。
 今回『寄り添う言葉』という対談集をつくるにあたって、そのかなしみを普遍的に捉える必要がありました。

「いろんな人の本を読みましたが、連れ合いを亡くす、ということにどう対応したらいいのか、ひとりひとり、個別にまったく違うと思いました。違うからこそ、共感できた。私は朝日歌壇の選者をしていますが、その投稿歌に「どっちみちどちらかひとりがのこるけどどちらにしてもひとりはひとり」という歌があって。連れ合いをもつということは、どちらかが先に死ぬということで。のこされる人のさびしさというものは、個別の普遍性があると思いました」

 のこされた人の寂しさ。それもまた、二人の想いがそこに生きているということ。
「唯一の贅沢はワインを嗜むこと」とおっしゃっていた永田先生。今夜も、記憶のなかの河野裕子さんとともにその香りを味わっていらっしゃるのでしょう。

寄り添う言葉
『寄り添う言葉』

 生物学者であり、歌人でもある永田和宏さんが連れ合いを亡くした3人や多くの患者を看取ってきた医師と対談。それぞれの体験をもとにしたお話を忌憚なく語り合った1冊。連れ合いを亡くした人だけでなく、夫婦とはなんなのかをもう一度考えさせてくれる言葉が並びます。
https://www.amazon.co.jp/寄り添う言葉-インターナショナル新書-永田-和宏/dp/4797681357

永田和宏さん

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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com


1994.4.26 written by 森綾
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