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    第212回:近浦啓さん(映画監督)

《4》良質なエンタテインメントを撮りたいという想いが第一にある

 『大いなる不在』は、撮影の面白さも伝わってくる作品です。監督の思い入れが随所に伝わってきます。
 卓が父親と暮らしていた女性、直美を訪ねて工房にたどり着くシーンも、満開の桜が印象に残ります。

「実際に熊本県にある工房です。ある80代ぐらいのご夫婦が運営されているのですが、陶器に草木を練り込み、いったん取り除いて、その型に彩色して焼くというユニークなものをつくられています。たまたまロケハンで見つけて、ご夫婦に話を伺いました。ご夫婦の娘さんは障がいを持って生まれてきました。奥様はその娘さんを普通学校に通わせるために一緒に通い、一緒に授業を受けたそうです。そして、娘さんが自立して働ける施設をつくり、彼女が惜しまれながら亡くなった後も、もちろん今もその施設を奥様が運営されています。僕もそこに併設されているレストランに訪問して、食事をとらせていただきました。障がいをもった方々がとてもイキイキとお料理を用意して配膳、接客している様子をみて心を打たれました。あの桜は、娘さんが小学校を卒業するときに学校からお祝いでもらった苗木が大きくなったものだったそうです。そのお話を聞いて、この映画の中に記録しようと決めました」

 しかもちょうど、撮影のときに満開になっていたのですから。しかし、頭上にある満開の桜と、卓をうまく撮影するには、なかなかの技術が必要だったようです。

「煽っている感じを出さないで、かつ、森山未來さんの背後には桜しか見えない。このような画を撮りたいと思いました。広角レンズで撮ると、このようにはなりません。対象からかなり距離をとり、カメラのレベルを地面ギリギリまで下げて望遠レンズで狙いました。とても思い出深いショットです」

 桜だけではありません。陽二が暮らす、ちょっと良さげな戸建ての、でもものを捨てられない世代の雑然とした部屋の風景。何が残してあって、散らかっているようなそれでも片付いているような。それは観ていて、嫌な気持ちにならない風景です。

「僕にとっての映画の第一義は「エンタテインメント」です。常に良質なエンタテインメントを撮りたいと思い映画制作に臨んでいます。その意味で、何を撮るのか、何を映さないのか。その取捨選択のバランスは非常に意識的である必要があります。人によっては、この映画を見て、認知症の壮絶な辛さや苦しいところを描いてない批判もあるかもしれない。でも、それを見せることで「本物」になるわけではないですし、見せなかったから「偽物」になるというものではない。劇の中のリアリティはそういう簡単なものではないと僕は思っています」

『大いなる不在』シーン3

《5》母親の墓前で、妻を紹介するシーン。唯一、卓が笑顔を見せた

 見えていない場所にあるリアリティ。近浦監督が追求しているものが、だんだんと見えてきます。
 お香の香りが脳裏に漂ってくるシーンもありました。
 それは、ずっと父親に自分の妻を紹介することもなかった卓が、3回目の施設での面会を経た後に、妻を母親の眠る納骨堂に連れていって、お線香を供え、手を合わせるシーン。

「卓が小さな仏壇のような母親の墓の前で手を合わせて『この方が妻だよ』と、亡くなった母親に妻である夕希を初めて紹介します。そのシーンは、卓が唯一、屈託のない笑顔を見せる瞬間です。撮影現場でも実際にお線香をあげていて、その香りの記憶と、そのショットを撮った時に感じたカタルシスのようなものを今でも僕の中に鮮明に残っています」

 そのとき、卓は何かを自分に「許した」のでしょうか。それとも肩の荷を一つおろしたのでしょうか。その感覚は、観る人がまた味わうものでしょう。
 卓の立場を想像したり、陽二の想いを想像したり。はたまた直美の気持ちに入り込んだり。
この映画は、いろんな立場で観られる映画。

「僕は映画を通じて何かメッセージを伝えたい、ということはありません。でも、話し合いたいことはたくさんあります。人前に出ることも好きではありませんが、観客の皆さんと上映後のティーチインなどの機会に話し合う時間がすごく好きです。それはどちらかというと、自分も観客のつもりになって話すような感覚です。10人いたら、十人十色、私はこう思った、ここが好き、ここが嫌いと楽しく話せるようなテクストを作りたい。そういう議論に耐えうる映画は、それほど簡単にはできないと思います。たやすく言語化されない強度をもったものを作らなきゃいけないと思っています」

 この映画を観た人と、語り合ったら、きっとお互いに知らなかった自分の話をしてしまうかもしれません。何度も、また時を経ても観てみたい。『大いなる不在』はそんな映画です。

『大いなる不在』シーン1

『大いなる不在』シーン2

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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com


2024.7.12 written by 森綾
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