そんな忙しい仕事の合間に、インタビューに応じてくださった茅野さん。この日は雨が降っていましたが、実は雨の匂いが嫌いなのだとか。
「昨日の夕方、雨が降る前の匂いがしたんですよ。そうしたら降ってきた。僕は小さい頃から、この雨が降る前の匂いが嫌いなんです。なんか気分が落ち込むんですよ。学校行きたくない、仕事行きたくない、ってなるんです。で、反対に、雨が上がった後のふわっとむせるような匂いは元気になるんです。同じ雨の匂いなんだけど、降る前と降り終わった後はなんでこんなに違うんだろう、って」
実際にこんなこともありました。
「去年の9月、富士急ハイランドのコニファーフォレストというところで、初めて野外ライブをやったんです。そのリハーサルで、ちょっと経験したことのないような土砂降りになって。短時間で上がったんですが、地面がコンクリートみたいになっているので、あちこちに大きな水たまりができたんです。でも日差しが強くて、すごい勢いでその雨水が蒸発していった。それを見ながら、僕は後どれくらい生きるかわからないけれど、この匂いと風景を忘れないだろうな、と思いました」
想定を超えるリハーサル中の豪雨に、急遽、運営スタッフと本番中の対処方法の練り直しをすることに。しかしそれも杞憂となり、本番は降らなかったそう。
「公演期間中はお天気に恵まれてほとんど雨が降ることもなく、何かに守られているな、と思いました。それも含めて、きっと思い出すんだろうな、と」。
演出家として、今や多くのファンや役者さんたちにとって唯一無二の存在となっている茅野さん。これまでの経験のなかで、一番つらかったのはコロナ禍のことでしょう。
「僕らのライブエンタテインメントは、コロナを抜きにしては語れない。それをなかったことにはしたくないんです。そのことについてはものすごくみんなと話し合いました」
今年の”ミュージカル『刀剣乱舞』 祝玖寿 乱舞音曲祭”には、その話し合いから生まれてきた想いがギュッと詰まっています。その想いが表現となるよう、大勢の役者さんたちに伝えていくのは、茅野さんの茅野さんたる仕事。
「当たり前の話ですが、芝居は演出家だけでは作れません。数えきれないほどの多くの人たちの力が集まって舞台は生まれます。その中で僕が考える演出家としての大切な仕事は、自分の中から生まれた熱をみんなに伝えることだと思っています。どんなエンターテイメントでも、その核には熱い魂がなければならない。自分自身がその熱の発信源となって共鳴を生み出さなきゃいけないと思っているんです。共鳴、共振。そこからまたみんながいろんなことを考えて、自分なりの答えを出したり、自分なりの表現を見つけてくれる。みんなで一つの方向を見て進もう、というわけではないのです。むしろ、共鳴しているのだから、360度全方向に想いが広がっていく。そんな豊かな演劇を作りたいんです。そのためにもっともっと演出家としての力をつけたい」
共鳴し、共振を起こす。役者もスタッフもそこで自分の能力を見限ることなく広げていける。役者である演出家・茅野イサムさんの仕事の熱は、だから唯一無二なのです。
●「悪童会議」公式サイト
https://akudoukaigi.com/
●ミュージカル「刀剣乱舞」公式サイト
https://musical-toukenranbu.jp/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
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撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com