ひとつの作品のレコーディング、コンサート、舞台が終わると「もうそこにそのときの自分しかいない」と感じるという堂珍さん。達成感に浸りきらない努力家なのでしょう。
「不思議なもので、もう今回のシングルの音源も、今の自分(インタビューは10月)とちょっと違うというか。全体的に優しすぎるな、もっと強い自分を出せなかったかな、とかいろいろ思うんですよね。日々、変化するなかで、すっと心がそこに戻ることができるものは言葉だと僕は思っているから。歌詞のなかにいっぱい思いつく言葉があるほうが、表現も増すんですよね」
そういう思いがあるということは、曲をコンサートで再現するときには、また違う堂珍さんが観られるということ。11月9日、10日の東京・日本橋三井ホールからソロライブのツアーが始まります。
「その都度、その都度、新鮮にやるためには、その曲その曲に対して、純粋に誠実に向き合うこと。まずはそれですね。そして、ステージに立ってお客さんのエネルギーをもらって、吸収して歌でお返しするという良い循環があること。それがいいライブだと思いますから。そのためには、自分も強くなきゃいけない」
来年4月には大阪と横浜の公演も決まっています。
「ビルボードって、結構いつも違うことをやっているんですよね」
今回発売になったライブアルバムは昨年のビルボード大阪でのテイク。ラストの山下達郎さんの曲『FU TA RI』が、完全に堂珍さんの世界になっていて、圧巻です。
「若い頃に、ケミ(CHEMISTRY)のツアーのソロコーナーで、一度歌っているんです。23か4のとき。上京してきて、山下達郎さんの曲をちゃんと聴くようになって、カバーしてみようかな、と初めて思った曲だったんです。広島で両親が見ている前で歌ったな」
生きてきた過去の一瞬一瞬があって、それが堂珍さんのなかに、意識的にも無意識的にも折り重なっていて、そこから同じ歌も違って表現されていく。その過程があってこそだと感じます。
「感情をどう歌にのせていくのか。そこは常に気をつけないといけないことの一つかもしれないですね。未だにありますよ。ケミのツアーでも、生と死の別れの歌があるんですけど、それを歌うときは、自分の父親や、亡くなった人のことを思い出します。お客さんも誰かのことを思い出しながら泣いているのを見ると、もらい泣きしそうになるときもあるけど、自分がそこで泣いちゃったら、邪魔をするから。そこはギリギリの戦いがありますね。引退コンサートじゃないんだから、そこはもう、誠意をもって、防御しつつ。よしよし、と頭を撫でてあげる、背中をさすってあげるような心境にならないと」
実は堂珍さん、30歳ぐらいの頃、涙もろい時期があったのだとか。
「悲しい映画を見たり、プライベートでちょっと嫌なことがあったりとか、自分でもわからないけれど、涙もろい時期があったんです。それでこれはもう笑い話なんですけど、そういう時期に自分のデモの歌声に一瞬、泣きそうになったことがありました(笑)。でもそのときに、優しい波動で歌い続けると人の心って溶けていくんだな、と客観的に感じたんです。人によってそれはそのときのタイミングによるでしょうけど。ライブは生もの。だから、みんなが感動できますように、って、祈るように、今日は何が起こるかな、と、楽しみにステージに立ちます。一曲でも人の心を動かせたら、それでいいと思う。多くは求めない。こっちも同じ人間ですからね」
旅に出ることも多い堂珍さん。最後に、最近、旅先で珍しく香水を買ったという話をしてくださいました。
「普段はつけないんですよ。でも気まぐれにつけたりする。この間、本当に気まぐれに空港で見つけた香水を買いました。いい匂いって、なかなか巡り会えないでしょう。ふとかいでみたら、けっこういいかもな、と。鼻を刺激しすぎない、感じで、柔らかくすっと入ってくる匂いだったんです。これはこのタイミングを逃したら、もう多分、もう一回探して買いに行くことはないだろうなと思って」
今持ってないから、あとで写メ送ります、と言ってくださった堂珍さん。いえいえ、銘柄はちょっと読者の皆さんにも想像してもらった方がいいかもしれません。ライブも香りも、そんな一期一会を大事にしておられることが伝わってきますから。
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●撮影協力
木下のリフォーム
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
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撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com