やっとのことで二ツ目の難関を合格した晴の輔さん。真打昇進ではさらなるハードルが。
「真打昇進にうちの師匠が僕に出した基準は『示せ』でした。『何を示したらいいんですか』『それはてめえで考えろ』」
禅問答のようです。そこで『しめせ!独演会』というタイトルをつけ、大きな独演会を開催しました。
「新宿の明治安田生命ホールで、『しめせ!独演会』というタイトルで4回やって、4回とも満席にして、最後の回にうちの師匠が見に来てくれるだろうと。いや、来るかどうかはわからないけれど、最後に『いいんじゃねえか』と言ってくれるだろうと想定して。そうしたら最後、終わった後に、師匠が舞台に上がってくれて『真打に値します』と言ってくれたんです。満場の拍手で幕が降りました」
ところが気になったのは「真打にします」とは言っていないということでした。
「それで、翌日、挨拶に行ったら『何かがズレてる』と。そのズレを修正しろと言われたんです。そして今度は僕の客の前ではなく、師匠の客の前で新作落語と古典の『ねずみ』をやれ、と。それを見て最終判断すると言われました」
晴の輔さんは、長野県飯田市で開催の志の輔独演会に早朝から高速バスで入り、その最後の試験を受けました。
「それでようやくOKが出ました。入門からしゃべるもんじゃないな。長くなってごめんなさい!」
いえいえ、入門から聴きたかったのはこちらです。そんな苦労が顔に出ない笑顔が素敵ですから。
厳しい師匠も、晴の輔さんが『笑点』のメンバーになったことを喜んでくださったようです。
「『よく引き受けた』と言ってもらいました。もともと、家元が初代司会者ですし、番組の立ち上げにも関わっています。当時の家元はまだ落語協会にいました。だから、立川流の噺家として『笑点』に出るのは初めてなんです」
なるほど、晴の輔さんは立川流として初めて『笑点』メンバーになった人、という言い方が正しいのです。
そこで、晴の輔さんが今、しみじみ感じていることがあります。
「今、大喜利に並んでいるメンバーの中で、僕だけが寄席修業をしていないんです。その生き方の違いというのは感じます。落語家という人種は同じですが、国籍が違うような感じが。寄席修業をしていないからこそ、逆に寄席の深みと凄みを感じています」
まったく寄席に出たことがないわけではありません。
「寄席は10日ずつなので、31日だけが余ります。その1日にイベントのような形で立川流の一門会をやることがあるんです。新宿の末廣亭で。まさにね、そこの匂い。寄席の香りというのがあるんです。やっぱりそれはホールじゃないんです。なんか落語の神様が住んでるな、という。その神様は芸を見守るあたたかい部分と、芸に対して厳しい視線もある。この香りを吸って、修業して、今の芸があるんだろうなというのを感じます。もうその香りが毛穴に入っているわけですよ」
寄席修業の代わりに、立川流の噺家たちは自分たちで空間を落語のできる状況に整え、お客様を楽しませることを一から学んでいくはずです。
「あるとき、地下のライブハウスを借りたら、客席の後ろの方に昔のお手洗いのにおいが漂ったんです。それで、お金を払ってお客さんに来てもらって申し訳ないので、スタッフと話して、お香をたこうということになりました。それが金木犀のお香だったんですが、とても効果があって、金木犀の香りに包まれました」
ところが、落語会後のアンケートにこんな言葉が。
「爽やかなトイレの香りがしました、って書いてあったんですよ(笑)」
オチのある香りの話。各所での独演会はいろんなことがありそうです。
「16号線構想といって、ぐるっと横浜、町田、川越、千葉、それと東京都心の5箇所で定期独演会をしていますが『笑点』メンバーに選ばれたので、これからはそれを全国でできるといいなと思っています。地方の中ホールで、パイプ椅子を並べなくていいところがいいな(笑)。満席の状態で落語をやるのが本当に幸せなんです。笑いと、人間とはなんぞや、というところをお届けし続けたいですね。どんな人のこともね、落語って包んでる。排除しないんですよ」
立川談志の「落語は人の業の肯定から始まる」という言葉が浮かびました。その強い志をしっかりと芯にしつつ、晴の輔さんは軽やかな笑顔でいる人なのです。
●公式サイト
https://www.harenosuke.com/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com