歳を重ねるごとに、俳優の仕事が好きになって行ったようです。
「映画、ドラマ、舞台。それぞれに大変さがあるけれど、舞台は同じシーンを何度もできるんですね。稽古はだいたい1ヶ月くらいやりますが、同じことを何度もやる。でも、毎回違うんですよね。狙って違うことをするわけではなくて、相手の呼吸とか、こっちの呼吸とか、いろんなものが相まって変わっていくんですよね。出番やセリフの多い少ないに関わらず、同じくらいエネルギーを使います。それがすごく不思議です」
先日、『セツアンの善人』という舞台で好演でしたが、少し前のNHKの大河ドラマ『西郷どん』での、主人公の弟、西郷吉二郎役も印象が残っています。
「時代劇、好きです。そのため、というわけでもないのですが、日本舞踊を習っています。まだ7年ぐらいですが。先日、浅草公会堂で発表会があって、実は3歳になる息子も初舞台を踏みました。各々一曲ずつ踊ったんですが」
和服を着て踊るその所作は、日本人特有の美しい動きを表現しています。渡部さんはそれだけではなく、クラシックバレエとジャズダンスも習っているのだとか。
「日本舞踊。クラシックバレエ。ジャズダンス。この3つのレッスンを大体週2で受けているんです。日舞で気づいたことが、バレエに生きていて、バレエで気づいたことがジャズダンスで生きている。表現方法は違うだけで、体の使い方は同じなんです。クラシックバレエは人間の体を科学したすごく古い学問だし、日舞も古い歌舞伎踊りの系譜から続いていて」
すべての踊りに大事なのは体の幹の部分だそうです。
「歳を重ねても舞えるというのは、人間の幹となるコアな部分で踊っているから。生命のコアで踊っているから。外皮の筋肉だけでは踊れないんですよね。日本舞踊では臍下丹田を鍛えますが、バレエも内側の筋肉を鍛えます。地面に根を張るように歩く。そうでないと、しなやかにみえないんですよ」
3つの踊りで最も難しいのは「踊り出し」だ、とも。
「舞踊って、本当に踊り出しが一番難しい。曲の歌い出しもそうだと思いますが、何かを立ち上げる、って、すごいエネルギーなんです。流れに乗ってしまえばあとは身を任せていくだけ。先生には『動くな』とよく言われます。優れた踊りは自分が動かなくても、動けるようになっているんです。たとえばね、体からこっちを向かなくても、肘を決め、腰を決めて、手首を返したら、勝手にこっちを向くよね、というように。文楽のからくり人形のように、人間の体もそうやってできている。たとえば1曲の中に、ねじれの連続が入っていて、それが20分、ねじって、ねじってと…やっていると、20分後には自分の体はもう別のものになっている」
なかなか実際にやったことがない人にはわからない感覚ですが、渡部さんはそれを盆栽に例えました。
「盆栽だって、じっと見ていてもわからないけれど、ちゃんと息をして、何かを発して変わり続けているわけじゃないですか。私はそれが芸能だという気が今はしていて。激しい踊りとか、何かをわかりやすく表現することも大事だけれど、そこに確かに存在して、確かに生きている、というのも芸能だという気がしていて。私は研鑽に研鑽を重ねて、踊りきった後に、私は変化している。でも世界は変わらないんだな、と感じる」
自分以外の世界の大きな流れは動かしようがない、と、渡部さんは感じているようです。
「大きな流れがあって、いろんな方々と出会って、感謝の気持ちを忘れずに、セッションしていくことが生きる、ってことなのかなと。別に悟ってるわけじゃないですど、それがすごく素敵なことだと感じています。例えば、大河の流れは変えられないけれど、そこで一尾の鯉が跳ねたとき、一瞬、景色は変わる。そこに意味がある気がしています」
結局、渡部さんがやろうとしていることは、「存在」し続けることで演じるという事なのかもしれません。そしてまさに今、そういう俳優になりつつあるとも感じます。
「私が活動していることを、楽しんでくださる人がいるってすごく嬉しいことだし、舞台を観にきてくださるにしてもYouTubeを観てくださるとしても、その人の人生の時間を削ってくださっているんですものね」
静かに感謝の心を持ち続ける、純粋な人。渡部さんの想いは、また観ている人、応援している人を優しい気持ちにするのです。「稀有な存在感」を求められる俳優として、ますますなくてはならない人になっていきそうです。
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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
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