そのとき、そのときの空気が音楽になる。柏木さんは「香り」もそういうものだと言う。
「香りも、音楽も。それは薬ではないけれど、癒すものではある。
たとえば、映画を見ることもそうだと思うけれど、そのときの心の疲れを癒してくれるじゃないですか。僕はライブのときはお客様の匂いをかいでいるつもりだし、ご飯を食べるときはその料理の香りをかいでいる。どっかに行って何かの香りをかぐ、ということもあるけれど、何をしたいかで、そういう香りがしてくるものだったりもする。
だから、香りを楽しむためには、自分が今どういう香りをかぎたいのか、どういう音楽を聴きたいのか、というふうにチョイスしていくと、自分の心がわかってくると思う」
旅をするなかで出会った香りを、柏木さんはあまり記憶してはいないそうだ。
「宇和島や入善の香りはまだ記憶に新しいけれど、きっとだんだん遠くなってゆく。今は思い出せないけれど、そのときはすごくかいでいたと思うんです。高野山にしても、屋久島にしても」
そのときの香りは、そのときにしかない、ということなのかもしれない。
「7歳からこの楽器を始めて、50年弾いていると、自分の性格、人間性はチェロによって成されている部分が大きいと感じます。もともと親からもらったものはあるとは思うけれど、人生のほとんどをチェロと一緒にいるわけだから。そしていまだに楽器を超えられないです。どうやったらいうことを聞いてくれるんだろう。もっといい音が出るはずなのに、と思いながら弾いています」
そのとき、そのとき、瞬間に五感が捉えるものの豊かさが音になる。チェロという楽器のもつ品位や人間らしさは、もはや柏木さんと一体になっているようだ。
ダブルアニバーサリーアルバム『25/50』
https://hats.jp/discography/hucd10336b/
柏木広樹 Double Anniversary チェロ・コンサート “Made in musicasa 25/50”
https://hirokikashiwagi.com/musicasa2025/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com