大学院生だったとき、世界の若手音楽家を育てるイベント・セミナー『PMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)』に代役として呼ばれた田村さんはそこで主催者に『ドミンゴ国際コンクール』というオペラ歌手の登竜門への挑戦を勧められました。
「結果は本選までいき、最年少、唯一の日本人として入選することができました。ドミンゴにも『ダイヤモンドの原石』と言ってもらえて嬉しかったですね。そのとき、イタリアに留学することが決まっていたのですが、本選に残った人たちはみんなアメリカで学んでいたのです。アメリカにはいい音楽学校もあるし、ピアニストもたくさんいる。ヨーロッパからの客演講師もいる。そこで、ニューヨークで学ぶという選択肢が濃厚になっていきました」
結局、田村さんはマネス音楽院を選びました。今度はイタリア語ではなく英語も一生懸命にマスターしていきます。
「私は努力する以外出来ないのです。努力していないと不安になります」
勉強を終えた彼女が次に努力したのが、プロのオペラ歌手になるということでした。
「イタリアは五感に貪欲な国。道端にアートが落ちているようなところがあって、総合芸術が生まれるべくして生まれるところ。でもアメリカはショー・ビジネスの国。お金にならなければ意味がない。その両方を学びました」
やがてルーマニアで彼女がオペラを志すきっかけとなった『ランメルモールのルチア』でデビューし、ハンガリーでも公演し、大成功をおさめます。それを土産にイタリアでマネージャーがついて売り込みましたが「アジア人」ということで損をしたことも多々あったそう。先輩も後輩も友人たちも、日本へ帰っていきました。夢がかなったのは2004年、サルディニアの国立カリアリ歌劇場で、やはり『ランメルモールのルチア』を歌ったときのこと。
「全身全霊で、寝ている間も役のこと、歌のことを考えているほどの気持ちで取り組みました。結果は、観客が興奮して劇場を壊すかと思えるほど、と表現されました。劇場を出ると、イタリア人が『素晴らしかった。あなたはオペラ歌手になるべくして生まれてきた人だ』と言ってくれました」
しかし、それでもミラノのスカラ座ではオーディションさえ受けられないこともあり、彼女はニューヨークへ帰ることに。
「ニューヨークはいろんな人種の人がうじゃうじゃいる。その気楽さを痛感しました。そのうちどんどんオーディションに受かり始めたのです。35歳までは金髪にしたりカラーコンタクトで瞳の色を変えたりして気張って、日本での仕事もしないと決めていましたが、そろそろ帰って来て仕事をしないかと、今のマネージメント会社の社長に言われ、『一万人の第九』に呼んでもらいました。久しぶりの日本での仕事で、言葉は120%わかるし、日本には感動を分かち合うために、お金を払って北海道から大阪まで、この為だけに参加する人がこんなにも沢山いるのかと、心から感動しました」
ニューヨークと日本と。結婚し、子どももできた彼女には行き来するのは大変なことだけれど、それも楽しんでいます。
「日本の良さはクリーンで公正なこと。アメリカの良さは失敗を悪ではなく、チャレンジやトライだとその勇気を讃えること。You can do it!という言葉を信じて、私も言い続けています」。
全身全霊で歌い続ける田村さんは、おそらく研ぎ澄まされた五感をもっておられるはず。そんな彼女は香りというものをどんなふうに捉えているのでしょうか。
「たとえばオペラが生まれた国、イタリアでは、少女と女は、はっきりと分かれています。日本では、女性は弱くて可愛い少女のまま歳をとっていく人が多いでしょう。オペラの世界では、女には女としての貫禄が求められます。だから女になりたいならこの香り、というのがありますね。演じるときに役に合わせてこういう女になりたい、という思いで香りを選びます。ところが、アメリカでは、共演者に失礼だからという理由で、つけないことが多いのですよ」
オペラの世界のなかでの香りにもそんな国民性があるとは。田村さん自身が好きな香りも、変遷があるようです。
「昔はフローラルやフルーティーな香りが好きでしたが、今はそこにひとひねりある、oud(沈香)の香りが好きです」
香水にある種の複雑味を添えるoudは、大人の女性にふさわしい匂い。
「欧米の男性は『その匂いはセクシーですね』とよく言います。セクシーであるということは、一番の褒め言葉で、女性の魅力の筆頭だという考え方なのです。日本のセクシーを表現するとしたら『そこはかとなく』という感じが必要かもしれません。それはオペラの舞台ではわかってもらえないですけれど(笑)」
何人ものヒロインを演じ分ける彼女の声にも、違う香りが漂っているような気がしてきます。7月6日の日本での舞台が楽しみです。
コンサート情報
オペラティックナイト 〜オペラ魅惑のヒロイン達〜
2018年7月6日 7時開演
昨年10月川口リリアホールでの初演は、オペラ初心者からコアなファンまでを大興奮の渦に巻き込み、その熱い要望に応え、満を持しての東京再演です。
まるで10本のオペラを観に行ったかのような充実感と楽しさ…様々な場面におかれた10人の歌姫を田村麻子が見事に歌い演じ分け、 旅先案内人の橋本恵史がそれを色々な形でサポート、上質な笑いを提供しつつ、そのオペラの世界に引き込んでいく…
オペラの魅力に酔い痴れる夕べとなるでしょう、どうぞお見逃しなく!!!!
ソプラノ:田村麻子
旅先案内人(司会):橋本恵史
ピアノ伴奏:中川恵里
会場:紀尾井ホール
チケット:全席指定6000円
紀尾井ホールチケットセンター
03−3237−0061
お問い合わせ:info@nypowerhouse.com
主催 NYパワーハウス
田村麻子 公式サイト
https://www.asakotamura.com/jp
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
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