カリフォルニア大学バークレー校へ行って1年で、野村さんはやはり頭角を表した。
「シカゴのフェルミ国立研究所というところでセミナーをしに来てくれと言われたんで、よくわからないまま行きました。それでジョブがあるから出してみないか、と言われて出したら通ってしまって、アカデミアのポジションを取りました。それが最初のポジションでした」
フェルミ国立加速器研究所は、高エネルギー素粒子物理学を専門とする米国エネルギー省の国立研究所。
「みんなプロフェッショナルだから、話が早い。ただ専門性が強く、雑味には欠けますよね。大学なら、学生がしょうもない質問をする。『いやだからさ、それはないでしょ』なんて説明をしているうちに『あれ?本当だ。可能性なくもない。なんでだろう』みたいな深掘りが始まる」
その後、研究所を辞め、またバークレーへ。
「街自体に勢いがあって、食事もいいし。でも当時はアメリカの大学のことをよくわかっていなかったんです」
私大からもオファーがあったが、ことごとく断ってしまった。アメリカの企業で働く人は、次の職場へ引き抜かれて給料が上がっていく。どうやら大学もそうらしい。
「アメリカへ行って25年。26年目かな。バークレーが好きだったというのもあるけれど」
今は、主に量子重力理論を研究する野村さん。
「もともと僕が素粒子の研究を始めたのは、世の中の根本的なものを知りたい、という目的でした。昔は素粒子を知れば世界が全部解明されると思っていたけれど、最近になって、実は別の宇宙があって、そこでは素粒子の性質も全然違う場合があるということが示唆されてきました。つまり、世の中の基本原理を知るには、量子力学や時空、重力といった、より根本的な土台を調べる必要がでてきたのです。そして、これらはまだよくわかっていないのです」
わからないからこそ、わかりたくなる。それは人間の根源的な欲求なのかもしれない。
最後に香りというものについて聞いてみた。
「音は空気の振動で伝わるから、宇宙では無音です。でも香りは空気が無くても感じられるはずですよね、香りの分子がくれば。だから香りは音よりも普遍的ですよね。深すぎて難しい。音はある意味単なる振動なので、電話はすぐにできましたよね。映像はもう少し大変だったと思いますが、でも今はできました。さて、触覚と嗅覚はどう再現するかですね。触覚は、ゴーグルをかけて、特別なスーツとかを着て、街中を歩いてぶつかったりする感覚は再現できるようになってきていますね」
学者としての野村さんの想像力が広がる。
「香りはどうかな。何万種類の化合物があるわけでしょう。たとえば料理をしている香りを電話で伝えるとしても、その化合物を用意しないといけないですからね。そうだなあ。僕ら学者のワルい発想で言うとしたら、脳に電極を指して、同じ刺激を与えるという方法ならできるかな。でもそれもねえ。結局、香りだけは最後までオリジナルが残るんじゃないかな」
においで危険を察知したり、香りを楽しんだり。人間が長らく嗅覚を失わずにいるのも、代わりが効かない、オリジナルなそのものであるということが大きいのかもしれない。
野村さんの豊かな知性と唯一無二の人間力は、そのパワフルな五感に支えられている。

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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com