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    第266回:中村七之助さん(歌舞伎界俳優)

《3》だんだんと女方を振られることが多くなった

 今回の『墨塗女』の発掘のように、中村屋は古典の研究にも熱心で、それは十八世中村勘三郎の想いの継承でもある。勘三郎は、平成中村座やコクーン歌舞伎といったあっと驚くような演出を手がけてきた一方で、古典を重んじたという姿勢があった。

「父は歌舞伎の舞台が大好きで、古典をいかに観ていただくかということに心を砕いていました。イメージ的には新しいことをバンバンやる人というところが目立ったのかもしれませんが、本心は古典の歌舞伎をいかに皆様に届けるかということしか考えていなかったんです。早く逝ってしまって無念で残念ですが、うちの父が遺した宝物はいくつかあって、まさにこの巡業もそうなんです」

 『春暁歌舞伎特別公演』は、親子会での経験が活かされている。

「父と兄と私で、中学生くらいまで回っていたかな。その基礎があったので、今に繋げることができる。巡業を始め父が残してくれた公演も、父がいなくなって難しいかと思っていましたが、他の皆様が本当に協力してくださって。本当に感謝しかないです」

 七之助さんといえば、今や女方としての美しさも随一。儚さ、しっとりとした艶やかさ、品位を演じられる役者である。

「十代のうちは、兄の方が女方が多かったんです。僕が女方の魅力に気づいていなかったというのもあるんですが。やはり、衣装や鬘など、女方は大変です。小さくなってなくちゃいけないし、立ち回りして見得をするという役もない。じっとしていなくちゃとか、動より静を演じる難しさがあります。僕は別に『女方になりたいです』と言ったわけではないんです。だんだんと女方を振られることが多くなっていきました」

 役がふられれば、一所懸命に役になりきる。七之助さんを女方への探究に向かわせたのには、ある大物の役者の影響があった。

「坂東玉三郎という役者に出会って、一緒に舞台に立たせていただけるようになって、教わりに行かせて頂きました。そこから、女方を演じる事についておじさまはこんなふうな考え方なんだと感じるようになり、 どんどんどんどん楽しくなっていきました。演じるという根本的は一緒なんだけれど、突き詰める考え方がすごいんです。努力の塊です。いまだにずっといろんなことを考え、芸の終わりはないと心から思っていらっしゃるんです。そういう方がこんなに努力しているのに、自分はもっとやらなくちゃいけないなと、まさに背中で見せてもらっています。それに、人に教えるって面倒なことなのに、おじさまは教わりに来た人に一から百まで出し惜しみしないで教えておられる。歌舞伎のためにというお姿には心から感服します」

 教えを乞う人は他にもいるが、亡くなった方々が多いのも事実。

「もっと父に見て欲しかった。素直に直球をぶつけてくれましたから。芸に嘘をつかなかったし。めちゃくちゃ怒られたし、よかったときは本気で褒めてくれた。もちろん、お客様のために演じていますけれど、父に褒められたくて頑張ったところも多かった。『連獅子』の前シテの部分なんて特にそうでした。『前シテの仔獅子の気迫が大事なんだ。火の玉みたいに踊れ』とかね。父に追いつき追い越せと、兄弟揃って思っていました。今となっては『連獅子』は親父のために踊るのが正解なんだなと思います。親父に崖から突き落とされて、よじ登ってくるというストーリーですからね」

 これからは指導する立場にもなり、七之助さんが歌舞伎界を率いていくひとりになることは誰の目にも確かだろう。

「父が生きている頃より、いい意味でも悪い意味でも、歌舞伎の敷居がどんどん削られていく印象はあります。テレビだけでなく配信でもボタンひとつで面白いものをやっている時代に、高いお金を払って足を運んで1日がかりで見に来てくださるお客様のために、僕たちはもっといろんなものを提供しなくてはいけない。古典もやるべきですし、踊りもたくさんある。歌舞伎は幅の広さも魅力の一つなので、広げていくことは間違いではないのかなと思います」

 古典を極め、新たな客層へと広げていく。燃える想いを動きにし、観ている人の心の情熱にまで火をつける。「難しい」と思うより「気持ちがわかる」と思う人に、歌舞伎は開かれていく。
 七之助さんと勘九郎さんの兄弟は、新しい時代にも、歌舞伎が伝え続けてきた「人間の普遍的なやるせなさ」を魅力たっぷりに演じていかれることだろう。

中村七之助さん

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『中村勘九郎 中村七之助 春暁歌舞伎特別公演2026』
中村勘九郎 中村七之助 春暁歌舞伎特別公演2026
2026年3月7日(土)府中の森芸術劇場
どりーむホールより全国11カ所で開催
詳しくはホームページにて
https://nakamuraya-tour.srptokyo.com/shungyo2026/


取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影 萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』(ワニブックス)、北乃きい『Free』(講談社)など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com


2025.12.26 written by 森綾
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