多くのジャンルで、多くの空間、そして長い時を経て、美を表現し続けているミック・イタヤさん。
ミックさんが考えるアートとはどういうものなのでしょうか。
「僕にとってはアートは生活そのもの。そして生活がまたアートであったりします。まず考えるのは『美しいとはどういうことか』ということです。気が通っていて、素敵だと思うこと。気持ちが悪いな、と思うとそれ以上進めません。そういうことが大きいのです。たとえば絵を描くとしても、プレゼントできる最高のものを描こうという気持ち。あるいは、言葉の通じない海外のどこかで『これが食べたい』と絵を描いて『あ、これね』と出てきたらすごく嬉しいでしょう。そのシンプルなコミュニケーションがアートなのだと思います。そもそも、僕は難しい言葉でアートの定義をしたり、フィロソフィーを語ることは苦手ですね」
「絵を描くのは基本」と語るミックさんですが、最初から絵を仕事にしようと思ったわけではなく、描いていたら仕事になったという夢のような感じです。美大時代から、ファッションのテキスタイルなどを描くようになったそう。
「ファッションのテキスタイルが絵で仕事になった始まりですが、特にファッションをやろうと思ったわけでもないのです。美大で音楽をやってもいたのですが、福生に住み、これもアメリカ兵と一緒にやるうちに、かなり本気になっていったり。楽しい、美しい、と思うことがまずあって、夢中になるうちに、そのイメージの源泉のもとにアートが生まれてくる、ということでしょうか」。
美を求め続けるミックさんは「香り」についても独特の感覚をもっています。
「香りは見えないから大事ですね。日本香堂の香りでは『老松』を愛用させてもらっています。ちょうどなくなったところで、このインタビューの話をいただいたので、何か不思議な気がしました」
もし、ミックさんが調香師なら、どんな美しい香りを作られるのでしょう。答えは「太陽」でした。
「太陽の匂いを追求してみたいです。惑星のなかの真ん中で、私たちは常に太陽に照らされて生きています。実際に日光には匂いはないけれど、干した後の布団や、太陽で乾かした草は必ずそこに太陽の匂いがしますよね。もし僕がセルジュ・ルタンスみたいな立場になったら、太陽を基にしたシリーズを作らせてもらいたいな。太陽の恩恵を香りにする、というような」
ちょうどインタビューの日、こんなニュースがありました。「太陽光発電のソーラーパネルが丘の斜面に設置されている場所だと、災害で崩落するなど、事故の危険を周辺住民が感じている」と。
「太陽の恩恵に人が不安になる、ということはすでに美じゃないよね。おさまりが悪いとか、余計なことは、美じゃない。何か気にさわることはまずいことなんだよね」
そう語るミックさんはひとつの言葉にも、美を追求します。
「僕は八方美人を目指したいと思います。八方美人というのは悪い言葉のように使われているけれど、八方に美、だったらいいじゃないですか。僕が絵を描いたり、表現していくことは、良いことが良いように、美しいことが美しく伝わっていきますようにということなのです」
美意識は目に見えず、漂っていくもの。そしてミックさん自体が、良い香りのような人なのかもしれません。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 山口宏之