もともと、北さんが初めてパントマイムを見たのは、小学校の高学年か中学に入りたての頃。テレビの昼のバラエティに出ていたマルセル・マルソーの演技でした。
「その日は学校を休んでたんだと思う。ぼんやりテレビを見ていたら、黒の上下を着たマルセル・マルソーが出てきた。驚いたことに、椅子に座っているはずなのに、椅子がなかったんです! なんや、この人、と(笑)。前に歩いているように見えるけど歩いていないし、窓がないのに、彼が開ける動作をするとそこに窓が現れる。下を覗いているだけで高いビルだとわかる。身を乗り出して、ビルの壁を横につたって、次の窓から部屋に入る。それが、全部、動作だけ。あの感激は、漫才をやり始めてからも、ずっと私のなかにありましたね」
そのマルセルの師匠に出会うことができたのですから、北さんは本当に幸運な人です。
「ドクルーの作り上げるパントマイムの世界は、本当にすごいものでした。5〜6人で工事現場のようなシーンをやっているのですが、パーンと音が鳴ると、その人たちが今度は家になっている、というような。自分の表現したいものをマイムに求める『コーポレル・マイム』というものでした。言葉も大道具も小道具も衣装もない、まったく新しい演劇だったのです」
北さんは半年間、夢中で学びました。
「彼らのカンパニーに入りたいと思ったこともありましたが、ソロで作っていきたい気持ちが勝ちました。これをソロで、日本でもやってみたいと」
帰国後、北さんはすぐにパントマイマーを始めたわけではなく、ミュージシャンとなります。関西で上田正樹、山岸潤史、石田長生、ベーカー土井らと伝説のバンドSooo Baad Revueを組み、ボーカリストとして活動を始めました。
「当時はロックとマイムがクロスしていたのです。アメリカ、サンフランシスコでマイムとロックを盛り上げていたビル・グラハムという人がいたし、ロンドンではデビッド・ボウイがリンゼイ・ケンプカンパニーでマイムを学んだりしていましたよね」
ロックとマイムに共通していたのは、風刺という要素だったようです。
「言ってはいけないこと、言いたいこと、今、言わないといけないことがある。でもうまく言葉では言えない。だから身体で語る。そういうところが、ロックとマイムに共通していたのだと思います」。
実際に、北さんにマイムで「香り」を表現していただきました。
花を見つけ、その香りをかぐ。いい香りだから、あなたにあげる。髪にさす。北さんのマイムを見ていると、香りの強さ、弱さまでが伝わってきます。
「右足、左足。右手、左手。みぞおち、胸… 基本的なポイントは7箇所あります。筋肉にゆっくり力を入れて止める。そして今度は力を抜いていく。その間にドラマが生まれるのです。人の筋肉が空気を変えていく。絵にも、歌にも、このメソッドは使えますよ」
もう一度、好きな香りをイメージしてかいでいただきました。
今の香りはなんですか、と尋ねると。
「パチュリ。私はずっとパチュリが好きでね。ヒッピー時代からずっと使ってますよ」
にっこり、いい香りがこちらにまで伝わってきそうでした。
北京一 出演情報
⚫︎7.01〜7.07/漫才(神戸新開地・喜楽館)
⚫︎7.17/pantomime>出演:大野えり(vo),荻原亮(g),小滝みつる(key)/晴海オープニングイベント・大分
⚫︎7.18/pantomime>出演:大野えり(vo),荻原亮(g)/New Combo・博多
⚫︎7.19/pantomime>出演:大野えり(vo),荻原亮(g)/Dolphy’s・太宰府
⚫︎7.20/vocal >16年続けているバンド:金子まり presents 5th element will/下北沢440
⚫︎7.25/wellcome to paradise>出演:北京一(pantomime)、大野えり(vo)、よしだよしこ(vo+g)、久本朋子(vo)/living room café SHIBUYA
⚫︎7.27/金子マリ〈Vo〉 presents 5th element will/stormy manday・横浜
⚫︎8.03/日本パントマイム協会発足記念公演/文化総合センター大和田 伝承ホール・渋谷
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 上平庸文