実は小遊三さんの青春時代には、オリンピックの聖火ランナーをやったという思い出もありました。
「東京オリンピックは高3のとき、山梨69区、約1.2キロ。待っている間に雨が降ってきて『聖火、消えないのかな』とつぶやいたら、先生に『聖火は水に突っ込んでも消えないんだっ。気合い入れて走れ‼︎』と叱られてね。長野オリンピックのときは消えまくったでしょう?気合いが足りなかったんだよ、きっと。来年?走らないのかって?神聖なものだし、縁起ものだからさ、若いハツラツとした人にやってもらうほうがいいよ」。
「笑点」に抜擢されたのは、青天の霹靂だったと今も嬉しそう。
「プロデューサーに呼ばれて『笑点に出るか』『一席ですか』『大喜利だよ、レギュラーの。嫌か』『え、嫌じゃないです』ってさ」
古典落語への思いは、今も熱いものがあります。
「古典のなかにもいいものがいっぱいあってね。そういうものをみんなにわかりやすく伝えていくという役割ってあると思うんですよ。いい新作を作る人はいっぱい作ってもらってさ。そりゃ一発当てれば飯が食えるから新作をおやりなんて言われたこともあるよ。前の噺家が新作でガツンとウケてると、ありゃ、自分のは笑ってもらえないんじゃないかと思うこともある。でもお客さんも意外と変わり身が早くてね。ちゃんと聴いて笑ってくれる。私は昔のいいものをやってきたし、これからもやっていきたいですね」
小遊三さんが語る味わいはその場の空気に溶け込んで、なんとなく立ち去りがたいような心地よい気だるさがありました。
せちがらい浮世は江戸も令和の今もなんら変わらず。
私たちの心をしばし潤す落語は、これからもきっと必要です。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 上平庸文