身の回りの香りについては、年々、敏感になっているという増田さん。
「その日の気分で香りを変えたり、こだわるようになりました。最初は香水から入りましたが、薔薇の香りがとても好きで、切り花ではなく、本物の薔薇を育てるようになりました」
これまでに増田さんはコンサートで天文学的な数の薔薇をもらってきたでしょうけれど、本当に土から咲いている薔薇の香りにはっとしたのだそうです。
「同じ薔薇でもこんなにいい香りがするのかと。でも香りに虫が寄ってくるので、素人が育てるのは難しいとも聞いていたのです。ところが、知り合いのガーデナーに相談すると『簡単に育てられるものもありますよ』と言われて、ベランダで育て始めました。白い薔薇が好きなので、白を中心に薄いピンクなど10種類くらいあります。赤は華やかだけれど、真っ白な薔薇の透明感と凛とした美しさが好きなのです」
生きること、歌うことに丁寧な増田さんは、薔薇への接し方も実に真面目です。
「酢を水で薄めたもので、葉っぱの裏表をふいたり、気づいたときにスプレーしたり」
昨秋の大きな台風では、夜中に心配で何度も目が覚めたそうです。
「細い幹が地面に花の顔をこすりつけそうになっているのを見て、大丈夫かなと思ったのですが。翌朝起きたら、何もなかったかのようにまっすぐ立っていたのです。そんな薔薇たちを見ていて、教えられた気がしました。大きな風に抗おうとするとぽきんと折れてしまう。風に誘われるように吹かれるままにいたら、痛むことなく、折れない。人間も同じですよね。大きな困難があったとき、抗おうとすると心がすさんでしまう。でも、抗わないでいる強さってあるのですよね。薔薇からそんなことを教えられました。植物ってすごいですよね」
凛として、楚々として。たおやかに美しい増田さんを見ていると、彼女自身が白い薔薇の化身のように思えてきました。
増田さんの歌声は時代が移りゆくなかでも、低く優しく、私たちの心に大事な言葉を語りかけてくれることでしょう。
増田惠子さんの公式ホームページ
http://www.kei-office.net/
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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
撮影 山口宏之