20周年の記念として、川井さんはミュージックビデオを作りました。おりしも『麒麟がくる』に登場した明智光秀の娘、たまはその後、細川ガラシャとして知られるようになった女性。その細川ガラシャと、マリー・アントワネットを結ぶ知られざる糸を描いたものです。
戦乱の世に翻弄されながら神に身を捧げた細川ガラシャの生涯は、なんとウィーンのハプスブルグ家でオペラとして上演され、マリー・アントワネットは痛く感動したのだそうです。
「2人をつなぐ6曲をホログラムによる映像やプロジェクション・マッピングとフィーチャーして収録しました。ガラシャが嫁いだ頃の年齢がちょうど私の娘と同じくらいだったので、彼女にも演じてもらいました」
どこか川井さんに似ているお嬢様の姿も、幻想的な映像作りにぴったりだったようです。
この映像の収録はホールで無観客で行われました。新型コロナの自粛ムードの時節も、川井さんにとっては深く思索できる時間となったようです。
「私だけではなく、表現者は皆、いろいろと考える時期ですよね。改めて自分が20年やってきた音楽はなんだったのか、社会と音楽と自分の関係はこれからどうなっていくのか。これからどんな音が求められていくのか。その表現のあり方は。…創作にも方向転換が迫られました。でも、今だからこそ思い切ってチャレンジできることもきっとあります。まずは無観客で舞台を一部収録し、今年から来年にかけて生で観ていただけるようにと考えています」
クラシックからタンゴへ、オリジナルへと境界線を越えてきた川井さんだからこそできることがまたありそうです。
「これを表現するには、このやり方しかない、と確信するのは理屈や理論ではなく、ひらめきでした。そうやってジャンルの垣根を超えてきた。その手応えから、ハードルを感じることなくなってきました。これからもそうして表現していくのでしょう」。
音楽を全身で、いやもっと言えば、奏でる空間全体で伝えていく。五感に訴える川井さんの表現には、香りを取り入れることも考えたことがあるそう。
「以前『源氏物語』をテーマにした舞台をしたとき、物語に出てくる”香”をたいたらどうかと考えたのです。諸事情で敵いませんでしたが。でも、私は香りに関する感覚は強い方ではないかと思います。例えば、舞台に上がっていくときに、お客様の間の通路を歩くことがあるのですが、その時にふっと懐かしい香りがすると、その気分がすっと音に入り込んでいくのです。昔懐かしい恋愛の情景が一瞬浮かんで切なくなったり。もうその人自身のことは何とも思っていないのにね(笑)」
とりわけ、ほのかに薫る香の奥ゆかしさに惹かれると言います。
「あまりきつい香りは頭が痛くなることがありますよね。お香はそのほんのりした香りが残るのがいいですね。でも、母はミツコという香水をつけていて、その香りを嗅ぐと、いまだに子供の頃に戻ったような気持ちになれます。自分の娘にもそんな記憶をあげられたらいいけど。自分の香りを持つ、っていうのも素敵なことですよね」
川井さんのヴァイオリンの音が、言葉からも香ってくるような気がしました。
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取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 ヒダキトモコ
フォトグラファー。日本写真家協会(JPS)、日本舞台写真家協会(JSPS)会員。
米国で幼少期を過ごす。慶應義塾大学法学部卒業。人物写真とステージフォトを中心に撮影。ジャケット写真、雑誌の表紙・グラビア、各種舞台・音楽祭のオフィシャル・フォトグラファー。官公庁や経済界の撮影も多数。
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