日暮とともに、常連さんたちがやって来た。
セルジュたち3人組が一番で、役所の人たちがその次。凛花の父親の矢作も病院の看護師を2人ほど連れてきた。
1羽めのローストチキンはあっという間になくなり、2羽目がもう焼けそうだった。
そこへ、この間の阪神ファンの大阪人の男性もやってきた。いか焼きを所望した人だ。
「こんばんは。なんか今日は、常連さんやないとあきませんか」
「いえいえ、もう常連さんやないですか。パーティーなんで会費制ですけど、よろしいですか」
「もちろん。明日から大阪帰るんで、ちょっと寄ってみたんですわ」
「それは嬉しいです。ちょうどね、堅下ワイナリーのたこシャン、ありますよ」
「ほんまでっか!」
そうこうしているうちに今度はバーを行脚し続けているあの山男風情の男もやってきた。
「あの雪解けスパゲッティの時の!」
「2度来るのは初めてですよ」
「ありがとうございます」
3匹目の鶏がオーブンに入った。
待ちかねている客が来なくて、凛花は心の中では泣きそうだった。が、気丈にサービスを続けていた。
幸は目まぐるしく動きながらも、祈った。
3匹目の鶏が焼き上がった頃だった。
扉が開くと、トナカイの被り物をした男が立っていた。
「え」
とっさに幸は変な人だったらどうしようと思ったが、トナカイの頭の下のカシミヤのコートに洒落た巻き方のマフラーをした様子に、満面の笑顔になった。
「遅かったですねえ」
「こんばんは。遅くなりました」
トナカイの顔のなかから、凛花が待ち侘びた男の顔が現れた。
「メリークリスマス!」
「あーっ」
とろけるような笑顔の凛花が、コートを預かりに行った。
「いらっしゃいませ」
凛花は、幸を真似た丁寧なお辞儀をした。
その姿を見つけた矢作は幸に尋ねた。
「どなた?」
「出版社の方で、セルジュさんの後輩なんです」
奥に座っていたセルジュは、大城に気づいて手を挙げた。
「おーい。待ってたんだぞ。しかしなかなか楽しいことをやるねえ、君」
大城は凛花にコートを渡すと、セルジュの背中に立った。
「遅れていくんだから、なんかしないとと思って。調べたら駅の向こうにドンキがあったんで…」
そして、大城は胸を張って言った。
「男はそういう一瞬のために頑張るもんでしょう」
セルジュは深く頷いた。
「よし!」
そこへ、幸は3羽目の鶏を掲げてきた。
「今日、最後のローストチキン。凛花ちゃん、入刀して。あ、トナカイさん、お皿をおさえてあげてしいんだけど」
「はい、あ、手を洗ってきます」
幸は満面の笑みで化粧室に走る大城を見送った。
セルジュが幸に耳打ちした。
「初めての共同作業みたいだね」
「グッドタイミングでした」
彼が戻ってきて、化粧室のいい香りに気づいていたら、あれは凛花のクリスマス・プレゼントなんだと言ってあげよう。
ヒトサラカオル食堂は心を許し合える人たちで大家族のように賑わっていた。その灯りを覗き込むだけでも幸せな気持ちになれそうな、いい夜だった。
筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1
イラスト サイトウマサミツ
イラストレーター。雑誌、パッケージ、室内装飾画、ホスピタルアートなど、手描きでシンプルな線で描く絵は、街の至る所を彩っている。
手描き制作は愛知医大新病院、帝京医大溝の口病院の小児科フロアなど。
絵本に『はだしになっちゃえ』『くりくりくりひろい』(福音館書店)など多数。
書籍イラストレーションに『ラジオ深夜便〜珠玉のことば〜120のメッセージ』など。
https://www.instagram.com/masamitsusaitou/?hl=ja