《4》
「あんなにキレなくてもねえ。なんかせっかく楽しくなりそうだったのに。ね、一杯だけ飲みなおさない? 私、ごちそうしますから」
多美子が声をかけると、3人の女性は「ほんとですか」と微笑んだ。いつの間にか、苦オレンジの男性は消えていた。それでも4人の女性たちの鼻腔にはまだ柑橘系の匂いが残っているほどだった。
ラウンジに移動し、ソファーに座るなり、まだ完全な自己紹介もしないのに、有紗が言った。
「あ〜。まだあの香水の匂いがしますね」
有紗が頷いた。
「やっぱり、気になってました?」
多美子は嬉しそうに言った。
「ねえ。なんか見えないとさ、もう声と匂いが、がつんとくるよね」
発見したとばかりに、麻貴が言った。
「あの怒って帰った人、朝のテレビに出てる人ですよね」
「そうなんですね。私、あんまりテレビは見ないから」
有紗はゆったり言った。多美子はちょっとわけ知り顔に説明した。
「梶浦直人。Bey TVの局アナ。48歳で独身」
「へーえ。詳しいんですね。タミーさん、マスコミのお仕事なんですか」
突然、殿村が口をはさんだ。
「ひょっとして文春砲ですか」
みんなが笑った。
「あの、女性誌やってるの…。20代後半から30代くらい…、みんなくらいかな、に読んでもらいたい雑誌なんだけどね、知らないよね、もう雑誌とか、あんまりね。Luck Meっていうんだけどさ」
「知ってますよ〜。いつも美容院で読んでます」
殿村は嬉しそうに言い、「やっぱり、買わないんだ」と多美子は落胆した。
「ありがとう。で、殿村さんのお仕事は」
「私は旅行代理店に勤めてるんです」
「殿村さんが旅行代理店。有紗さんは料理人。麻貴さんは」
「私は友達と花屋をやっていて」
「フラワーアーティスト、ね」
アーティスト、と呼ばれると、麻貴はちょっと嬉しそうに目を伏せた。 多美子は思わず口走っていた。
「なんか素敵。ね、今度みんなで、有紗さんのお店に行ってみません?女子会、女子会」
年下の女性たちはLuck Meの読者だ。何を考えているのか、何に悩んでいるのか、何に興味をもって、どんな恋や結婚をしているのか。… 多美子には彼女たちといることで、自分の作っている雑誌のマーケティングをしたいという計算があった。 そうしてもうひとつ、彼女たちより少し長く生きて、かえってわからなくなっている自分の気持ちの奥を知りたい、という思いもあった。
「今度、ゆっくり話しましょうね」
別れ際の多美子の言葉に、有紗も、麻貴も、一人だけ苗字のままだった殿村も、はにかむような、少し複雑な顔をした。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。