《4》
麻貴が翔平との出会いを話し終わると、かなり酔いが回っているらしい多美子が、ワイングラスに頰をくっつけて言った。
「いいなあ。いい感じじゃない」
「でも本当になかなか会うのも悪いみたいな感じで。夜中に譜面作ったりして、朝は7時起きで会社に行くし、彼、4時間くらいしか寝てないんですよ」
多美子は酔った勢いで言った。
「住んじゃえばいいじゃん。一緒に」
「えっ… まあ、そうなんですけど」
「待ってるからいけないのよ。押しかけちゃえば」
確かに、麻貴もそれを考えたことはあった。しかし「自分は41歳で、彼より7つ年上だ」というのを、どこかで引け目に感じていた。でもここではそれを口に出さなかった。
「そっか。でも二人で住むには引っ越さないと、あそこは狭いかなあ」
「じゃあ、引っ越そう」
多美子はまた赤ワインをひと口飲んだ。こうなったら誰も止められない。
「わかった。いくつか住みたい物件の見取り図をもっていって、具体的に話を進めちゃえばいいのよ。言い方は控えめにね、良かったら一緒に住みませんか、ってね」
「それ控えめですか」
「でしょお」
語尾を上げ、確信をもって語り続ける多美子を麻貴はじっと見つめた。そしておもむろに聞いた。
「多美子さんは、ずっと独身なんですか」
「そうよ」
麻貴のなかで、多美子の確信をもった話が、急に色あせた。その表情を見た多美子はふふん、と笑った。
「あのね、他人のことはわかるものなのよ。まるで画面のなかのドラマを見るようにね。とにかくあなたの場合は、今の状況をどちらかが変えなきゃ。で、たぶん、それはあなたから変えるべきな気がする。言ってみてダメだったら… そんな男はやめときゃいいわよ」
酔っ払っている多美子は妙に力強かった。
麻貴、有紗、未知の3人は顔を見合わせて笑いをこらえた。
それからしばらく多美子は語り続け、突然眠ってしまった。
「あ~。この人、きれいだけど酒癖悪いんだ…」
「…みたいですね」
「あ、デザート、あるんですよ」
有紗がグレープフルーツの入ったカスタードクリームのシューを運んできた。
そのうちのひとつが、眠っている多美子の顔の前に、供え物のように置かれていた。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。