《4》
離婚届をだし、すでに元妻となった女と少し電話で話した後、洋三と有紗は、王子公園のほうにある保育園に莉奈を迎えに行った。
洋三によく似て眉と目鼻のはっきりした、おかっぱの女の子がやってきた。
「莉奈ちゃん、はじめまして、有紗です」
「おねえちゃんに挨拶しいや」
「… こんにちは」
莉奈は最初、有紗を見て洋三の背中に隠れてしまったが、中華街の牡丹園別館で早めの夕飯を食べ、ルミナリエを見に歩き出す頃には「おねえちゃん」と呼ぶようになっていた。
夕暮れが過ぎると、急に温度が下がり、有紗は小さくくしゃみをした。
「おねえちゃん、寒い?」
莉奈が見上げて聞いた。大人を気遣うことに慣れている表情だった。母親と、新しい恋人と。その間で、一生懸命大人になろうとしているのかもしれなかった。
「ちょっと寒くなってきたね。莉奈ちゃんは」
「莉奈は寒くないよ」
有紗は改めて莉奈の全身を見た。フリースでできたコートのようなものは着ているものの、スニーカー用のソックスと短い夏物のようなスカートの間の脚は白く粉がふいて、乾燥していた。傷んだスニーカーはベルクロもしまりがよくなく、大きなサイズへの交換が必要と誰の目にも思われた。明らかに、母親の娘への無関心が現れていた。
「莉奈ちゃん、本当はちょっと寒いでしょ」
「… ううん」
莉奈はうつむいて、鼻をすすった。
有紗は彼女の小さな手をとった。冷えて、がさがさしていた。有紗はたまらなくなって、両手でその手を包んで、あたためた。
「よし、お買い物に行こう」
GAPへ行き、コーデュロイのスカートと紺色のタイツを着せ、ABCでスニーカーを買った。莉奈は頬を紅潮させながら、ちょっと怖がっているようでもあった。
有紗が目線までしゃがんで言った。
「あったかいでしょ」
「…あつい」
莉奈は洋三の手を握ったまま、その背中へ隠れてしまった。
洋三が困ったような顔をして言った。
「あったかい、やろ。それにちゃんとありがとう、って言うんや」
それが聞こえないように、莉奈はもはや洋三ではなく有紗の手を握り「ルミナリエ、行こう」と言った。
この世のものとは思えないほどまばゆい光のアーケードを、有紗と洋三と、真ん中に二人の手をつないだ莉奈が、歩いていく。
有紗と洋三は、同じようなことを考えていた。「話し合いより先に、気持ちがつながってしまったのかもしれない」と。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。