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    第14話 『多美子の決心』

《4》

古びた喫茶店は、床から座面が近い、古びたソファー状の黒い革の椅子が並んでいた。ところどころ、擦り切れている。店内は染み付いたような煙草のヤニの臭いがあり、古いレコードからビリー・ホリディの声がノイズ混じりに聴こえていた。
ドアにカウベルがつけてあり、それが多美子が席について2度目に鳴ったのが、彼だった。

「岸田さん」

多美子は立ち上がって彼を迎えた。

「この度は、本当にご迷惑をおかけしました」

鷲士はリュックを下ろし、深々とお辞儀した。

「まず、おかけになって」

多美子は彼を座らせた。コーヒーでいいですか、と尋ねると、鷲士はこくんと頷いた。

「言い訳に聴こえるかもしれませんが、本当に巻き込まれたんです。そんな若い子達が来るとは聞かされていなくて、タレントもいて、なんだか、報道の仕掛けまであったみたいで。詳しくは話せないところもあるんですが、僕はたまたま、本当に偶然、そこに呼ばれて。まあ、のこのこ行ったのがバカでした」

「そうだったんですか」

そんなこともあるのかもしれない、と多美子は思った。鷲士の少しやつれた、顔色の悪さからも、心労が伝わってきた。

「会社はどんな感じですか」

「僕はとりあえず代表を降りて、代わりに酒井という専務を昇格させようと思っています。まずは会社のブランドと、社員を守らないといけませんから」

「岸田さんは… どうなさるおつもりですか」

鷲士は前髪をかきあげ、その手を前で祈るように組んだ。

「別会社を作ろうかと思っています。ただ、僕は書類送検ですけど、名前が週刊誌に載ってしまったのが、ちょっと痛いです」
彼は本当に残念そうだった。多美子は、その酒井とかいう専務が、彼を失脚させようと罠にはめたのではないかと、とっさに想像をした。が、もちろん口には出さずにいた。

しかしどれほどショッックだっただろう。彼の母親も。そして息子も。学校でいじめにあってはいないだろうか。
元はと言えば、岸田鷲士の才覚で立ち上がって成功した会社だ。それを彼が抜けてうまくいくとは思えない。
集学社は、岸田という代表が抜けたトレイラー・トゥー・ビーと付き合うだろうか。いや、いったん名前の傷ついた会社だ。代表が代わって、泥は拭えたと判断されるだろうか。岸田の力の消えたトレイラー・トゥー・ビーに、果たしてそれだけの余力は残っているのだろうか。
はたまた、岸田の別会社と、集学社がそのまま手を組むとも思えなかった。

いろんなことを思い巡らせた。そして多美子は、自分でも驚くようなことを口にしていた。

「岸田さん、一緒に会社をやりましょう」

「え。でも、多美子さんは…」

「私、集学社を辞めます。そして、私が集学社から、仕事を請け負います」

「なるほど…、いや、でも、相当な給料をもらっていらっしゃるでしょう。それを棒にふって」

多美子は静かに首を振った。

「もう、雑誌は終わりますから。あなたと、ITの世界でこれまでやってきたことを活かしたいんです」

岸田はあっけにとられたように多美子を見たが、しばらく天を仰ぎ、目をつぶって、顎を触った。そうして、目を見開くと、彼女の顔をすっと見た。

「多美子さん、それ、いいかもしれない。まずはその会社で、あなたが、社長になってもらえたら」

「え、私が社長ですか」

「そうです。実質は僕が動きます。一緒にやりましょう」
多美子は、鷲士の瞳の奥を見つめた。そして、これは恋心ではなく、もはや人生を賭けた闘いなのだと心に刻んだ。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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