《4》
三軒茶屋で、ようやく二人は地上を歩いた。
「東京は広いんやねえ」
品川から渋谷、渋谷から三軒茶屋へと電車を乗り継ぐだけで、母親は少し疲れたようだった。
「これでも近いほうなんよ」
有紗はそう言い、突然、なんだか申し訳ない気持ちが一気にこみ上げてきた。
「おかあさん、ごめんね。黙って出てきて。こんなに連絡せんと」
「ほんまに、この子は」
母親は横顔のまま、辺りを見回した。
「お店がいっぱいあって。ええとこやねえ」
「うん。うちの店は隣の駅やねんけどね」
「そう。えらいとこに出したんやねえ」
「おかあさん、それでね。ちょっと寄らなあかんところがあるの」
「へえ」
「子どもを預かってもろてるの、学童クラブに」
「子どもは、おなかにおるんやないの」
「… 洋三さんの、連れ子。莉奈ちゃんていうの」
「ええーっ」
母親は立ち止まって小さく叫んだ。そして、首を振って、黙り込んでしまった。
学童クラブに行くと「おかえりなさーい」と先生たちの声がした。すぐに莉奈が現れ、IDカードを機械に当て、ピンポンと鳴らした。
「ありがとうございました」
莉奈は相変わらず照れくさそうに、スニーカーを履いて、こちらへやってきた。
「莉奈ちゃん、あのね、私のおかあさん。だから、あなたのおばあちゃん」
「… こんにちは」
小さな声で、莉奈が言った。一瞬、おばあちゃんと言われた女性を見上げて、隠れるように有紗の横に並んだ。
有紗の母親は、笑っているのか怒っているのかわからない表情のまま、一緒に歩き始めた。有紗を挟んで、今日からおばあちゃんと孫になった二人だった。
「莉奈ちゃん、おばあちゃんも神戸から来たんよ」
「へえ」
莉奈は初めて関心のある顔をこちらに向けた。
「おばあちゃん、神戸から来たの」
「そうや、ゴーフル買うてきたわ」
「ほんま、莉奈、ゴーフル食べたかった」
二人の間で、その他愛ない会話を聞きながら、有紗は、母を呼んで本当に良かった、と、胸をいっぱいにしていた。
冬の日の低い太陽が、あたたかく3人の影をつくった。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。