《4》
よく晴れた秋分の日。もう少し肌寒い札幌郊外の未知の実家には、両親と弟の祐、希望と未知がテーブルを囲んでいた。
いくらをたっぷり載せたちらしずし、ザンギ、毛がにの茹でたもの、じゃがいもバター、にしんの煮物。
未知の母親は、予想通りテーブルに「北海道フェア」を開催するかのようだった。
「田舎料理ですけど、たくさん食べてください」
「おかあさん、こんなには食べられないよ」
恐る恐る言う未知の言葉を遮るように「いただきます」と、希望は背筋を伸ばして手を合わせた。
そして、食べ始めた。
父親はこれだけは聞いておかねばというようにいきなり言った。
「高井くんは靴職人と聞いたが、そういう仕事はどのくらい… 」
未知は父親が安定した収入があるのかと聞いているのだとわかった。希望は意を決したように、話し始めた。
「正直、今はそんなに注文もありませんし、収入も少なくて、親元にいます。それで、未知…さんと結婚したら、靴修理の店を出そうと思っているんです。それで、作るほうも続けていけるかと」
そんなことは未知には初耳だった。驚いてむせていると、母親はお茶をいれてくれた。
父親はそうか、と少しほっとしたようだった。
家族はまた黙々とご飯を食べ始めた。未知より二つ下の弟の祐は「ちょっと用事があるからこれで」と立ち上がった。
「おにいさん、ごゆっくり」
「あ、ありがとうございます」
希望は立ち上がって会釈した。おにいさん、と呼ばれて、この家の一員になることを先に許されたような気がして緊張が少し緩んだ顔になった。
が、ここだと思ったようで、立ち上がったまま、父親のほうを向いた。
「おとうさん、未知さんと結婚させてください」
そう言って、90度のお辞儀をした。父親は照れくさそうに手で合図した。
「座ってください、苦手だから、俺はそういうのは」
また4人は黙々とご飯を食べた。許されているのだろうが、なにか落ち着かない希望は、救いを求めるように時々ちらちらと未知を見た。
「…」
希望はひたすら食べた。今までこんなに食べたことがないくらい、食べていると思った。食べれば食べるほど、母親は笑顔になり、場の空気も和らいでいく。
そこで、母親が言った。
「さあ、そろそろラムしゃぶにしますかね」
「え。まだ…」
希望は驚き、未知はいつものごちそうの展開だと頷いた。
覚悟を決めた希望はラムしゃぶも食べに食べた。苦しかった。未知はその様子にちょっと心配になった。
「希望さん、そんなに食べたところを見たことがないけど、本当は食べるのね」
「…」
希望は言葉も出せず、額に汗が滲んでいた。
その様子に、父親は気付いた。こいつは本気だな、とわかったようだった。細くてしゃべりは下手だが、骨がある男だ。そしてどこか自分に似ているかもしれない。
父親はやっと口を開いた。
「で、式はいつ頃にするんだ」
許してもらえたのですね、と言おうとして、希望はその言葉もついでにごくりと飲み込んだ。
もう、おなかがパンパンだった。まるで、幸せの満ちた心のように。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。