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    第21話 『未知の覚悟』

《4》

未知は早めの夕食を高井一家と共にし、まだ改装中の壁の剥がれた離れを希望と一緒に少し見た。希望が駅まで送るというのに従い、二人は連れ立って歩き始めた。

披露宴の招待状を出すのはここ数日だ。正直、今なら辞められる。… そんな思いが未知の胸にぼんやりあった。それはまるで始発の電車から見る隣駅の朝もやのように。

もうすぐ駅に着くという頃、希望はそんな未知の心の中を見透かすかのように言った。

「もうやめちゃおうとか…思ってるかな」

そして隣を歩いている未知の手を誘い、駅のベンチに二人で座った。

「あ、ちょっと待って」

希望は自販機で小さい缶コーヒーを二つ買った。

「寒いから」

二人は冷たい手を缶コーヒーでしばらくあたためて、蓋をあけた。

コーヒーの湯気と香りが鼻の頭をあたたかくした。

「僕、ずっとあの母親には反抗してきたから。言われた学校にも塾にも行かずにさ。でも結局、この歳になって、鎌倉のあの掘建小屋を借りるくらいの稼ぎしかなくて…。
結婚しようとかって、ハナから無理な話なんだよね」

その言葉に未知は驚いた。ひょっとして「やめちゃおう」と思っているのは希望も同じではないのか。

でもそう思うと、未知はなんだか急に「やっぱりこの人と結婚しなくちゃいけない」という気持ちになってきた。

「よくわかんないんだけど。… 私は…」

「うん」

首を切られる覚悟ができているというような希望の返事に、未知はきっぱりと答えた。

「私は、離れたくない」

「え」

「せっかく、好きになれた人と、もう、離れたくない」

「未知さん」

「だってもう、こんな気持ちになれるかどうかわからないし」

希望は未知の代わりに缶コーヒーを両手でしっかり包んで言った。

「ありがとう。僕も、君がいてくれたら、頑張れると思う」

上町駅の夜の19時半には、人がたくさん居た。まだ初詣の破魔矢をもっている人も、子どもたちも。

だから二人は、同じ缶コーヒーを黙って飲んだ。きっとお互いの唇には、同じ缶コーヒーの香りがするだろうと思いながら。

To be continued…

★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。

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作者プロフィール

森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。 92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら

挿絵プロフィール

オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。 主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。

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