《4》
45分。1時間。… やはり待ち人は来なかった。有紗にはもう多美子が誰を待っているのかは痛いほどわかった。だから、聞けなかった。
だんだんと料理のサーブも落ち着き、有紗は思いきって厨房の裏へ回って麻貴に電話した。麻貴は2コールで出てきた。
「麻貴ちゃん、今、何してる」
「ああ、テレビ見てました」
「あのさ、よかったら、店、来れないかな。タミーさんが来てるんだけど」
「タミーさん、一人で来たんですか」
「それがね…」
有紗が手短に説明すると麻貴は状況を理解し、すぐに向かうと言った。
多美子はもうスマホを見ることもなく、窓の向こうを見ていた。待ち人はどうやら、もう来ないようだった。
「有紗さーん」
ほろ酔いの多美子が呼ぶと、有紗は背中をびくっとさせてテーブルに向かった。
「はい」
「あのさ、どうしても外せない用ができて、来れないらしいわ」
多美子は向かいに空いた席を軽く顎で指した。
「そうですか。…残念ですね」
そのとき、トイレからサンタクロースが飛び出した。
「メリークリスマス! 今日はようこそ、ビストロ・ドゥ・ミニヨンにお越しくださいました」
多美子はシャンパングラスをもってケラケラと笑い始めた。有紗はびっくりして、白い眉とヒゲに埋もれた顔をまじまじと見た。
「し、翔太くん!」
「ショータじゃなくて、サンタですー」
サンタは軽くステップを踏みながら、メインディッシュを多美子の目の前に運んできた。
「特別に今日一番美味しく焼いたチキンです。きっといいことがありますように」
多美子はかすかに震えた手でナイフとフォークを取り、焼きたてのチキンの香りでまず鼻腔を満たした。幸せな笑顔が自然に起こってくる。
「ローズマリーとガーリックがきいてる。そうしてあれ、なんだかトリュフの香りもするわ」
「その鳥だけ、トリュフを少し入れました」
厨房から洋三が顔をのぞかせた。
「こらっ、サンタめ、勝手なことしやがって」
言葉は怒っていたが、洋三の顔は満面の笑顔だった。
クリスマスの夜はいい匂いに包まれて更けていった。そのうち、麻貴がやってきたら、私もひと口だけシャンパンを飲もう、と有紗は思った。
To be continued…
★この物語はフィクションであり、実在する会社、事象、人物などとは一切関係がありません。
作者プロフィール
森 綾 Aya mori
https://moriaya.jimdo.com/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。
92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
著書などはこちら。
挿絵プロフィール
オオノ・マユミ mayumi oono
https://o-ono.jp
1975年東京都生まれ、セツ・モードセミナー卒業。
出版社を経て、フリーランスのイラストレーターに。
主な仕事に『マルイチ』(森綾著 マガジンハウス)、『「そこそこ」でいきましょう』(岸本葉子著 中央公論新社)、『PIECE OF CAKE CARD』(かみの工作所)ほか
書籍を中心に活動中。