ヒノキのエッセンシャルウォーターがうまくできた子どもたちは、香りに興味を持ったようです。「香りについてもっと詳しく知りたい」という欲求が湧き上がってきたのです。そこで、桐山先生は「これ以上は専門家に聞くしかない」と、日本香堂の問い合わせフォームにメールを送りました。
メールを受けたCRM推進室は調香師の平野奈緒美さんに相談。「みんなで小学校へ行きましょう」とすぐに腰を上げました。そこで、瀬ケ崎小学校で調香体験と、香り袋を作るワークショップが実現しました。
「ワークショップは本当に楽しかったようで。今度は自分たちで香りの商品をつくりたいと言い出したんです。早速その日のうちに、街の着物屋さんに『端切れはどこで手に入りますか』と聞きに行ったりしたみたいですよ(笑)。」
ワークショップをきっかけとして、香りのおもしろさに気づいた子どもたち。未発達だった子どもたちの嗅覚が目覚め、好きな香りについての話も盛り上がりました。
「まずはみんなどんな香りが好きなのか。ニッキの葉っぱの香りが好きとか、おばあちゃんの家の匂いを嗅ぐとホッとするとか。好きな香りを嗅ぐことでどんな気持ちになるかまで、話し合っていました」
そこで日本香堂では、東京工場でこしらえた12種類のサンプルを用意。
「実際に焚いてみて、いちごの香りと森の香りが突出して人気でした」
その二つの香りを既定の形状で、どんなパッケージにし、どうネーミングして、いくらで、どこで売るのか。それも全て、子どもたちが話し合って決めていきました。
まずこだわったのは、ネーミングでした。
「『一期一会』ってどうかな、と」
ところが、調べてみると、商標登録が7件もありました。そこで法務担当の者から「アスレの森という固有名詞をつけたらいいのでは」というアドバイスが。
「そこで、子どもたちも特許とか商標登録ってどういうものなのかという勉強ができますよね。そういうものがあるからこそ、知的財産が守られるということがわかる」
結局、『アスレの森のいちごいちえ』というネーミングに。
「パッケージの絵も自分たちで。袋詰めの作業は、日本香堂のスタッフがオンラインで説明してくださったのがよかったです。一個一個形にするのは気が引き締まるような感じで『折り方が逆だよ』とか『不安なら一緒にやろう』とか、声をかけながらやっていました」
一番議論が盛り上がったのは、値付けでした。
「なるべくたくさんの人に手に取ってもらいたいけれど、少しでも利益も出したい。650円にこだわる子もいました。でも最終的にはワンコインの強さ。1000円で二つ買えるのもいいよね、ということになったようです」
販売も子どもたち自らで、駅前の薬局にお願いし、店頭に立ちました。
「すでに350個ぐらい売れたようです。卒業前に置いてもらえる店をさらに探したり、お金を回収をどうするかなど、まだ話し合っています。想いがこもった商品なので、卒業のときに送るとか、成長を見てもらえるツールにしたいですね」。
出来上がった『アスレの森のいちごいちえ』はかなり高いレベルの商品。手に取ってみたくなる魅力があります。それまでにも、子どもたちの商品開発は、石けんや七味唐辛子など、なかなかに魅力的。
「まさに総合学習だと思うんです。お金のことを考えるときに、やっぱり算数はできたほうがいいとか、国語の教科書に説明書の読み方みたいな項目があるけれど、実際に説明書を作る方が理解できる。みんなで何かを一つ決めなくてはならないという合意形成も体験的に学べる。『こっちがいい』『絶対にこっちがいい』と自分の意見を持って、それを冷静に説明するという学習にもなる。66人の中で、真ん中の落としどころをどう決めるのか。それは本当にこれから社会で生きていく上で役立つことになっていくと思います」
ときには休日返上で取り組んできた桐山先生自身にとって、総合学習はただ教科書通りに教えるだけではない苦労も実りもあるようです。
「達成感がありますし、生徒から気づいてくれて、さらに基本的なことも勉強していないとダメなんだと気づいてくれるから、他の授業が楽になるんですよ。何の忖度もなく『どうしたら最善なのか』を探して必死になっている子どもたちに教えられることも多いです」
アスレの森は子どもたちと桐山先生、そして地域の人たちの行動で、また子どもとおとなをつなぐ心のサロン的な場所に復活しつつあります。
きっと子どもたちはこれからの人生で、森の香りを嗅ぐたびに、ここでのかけがえのない時間を思い出すことでしょう。
取材・文 森 綾
https://moriaya.jp/
大阪府生まれ。神戸女学院大学卒業。
スポニチ大阪文化部記者、FM802編成部を経てライターに。92年以来、音楽誌、女性誌、新聞、ウエブなど幅広く著述、著名人のべ2000人以上のインタビュー歴をもつ。
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撮影 上平庸文
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