靖国神社に程近い場所に、瀟洒な佇まいの洋館、九段ハウスはあります。
現在は、ハイブランドのレセプション会場やワークショップが開催されているこの建物は、つい8年前まで、元のオーナーが実際に暮らす住居だったそうです。
昭和2年に建てられ、第二次世界大戦を経てもなお美しく息づくこの場所を、現在運営管理する東邦レオ株式会社の長島あかりさんにご案内していただきました。
入り口の木造りの門扉はどこかの代官屋敷のように厳かで、和の雰囲気。でも一歩踏み込むと、白いアーチ型をしつらえたポーチが洋館の風情を感じさせます。
大正・昭和へと移り変わる時代に作られた洋館は改築、あるいは解体されて神戸や長崎、横浜といった場所に移築されたりしていますが、この九段ハウスは、もともとここにあり、昭和2年に建てられたものですから、実に美しい状態です。
この家には、8年前までオーナーだった方が住んでおられたというのも驚き。
新潟の実業家だった方の持ち家でした。
現在は東邦レオ株式会社が運営管理をしています。同社の長島あかりさんは、この建物を心から愛するひとり。
「地上3階、地下1階のコンクリート主体の建物ですが、耐震にも優れているようです。というのも、構造設計をしたのは、東京タワーの設計者でもある内藤多仲さんなんです。外装、内装設計はまた別の方が担当されています。100年前に流行していたスパニッシュ様式。各所に丸みのあるモチーフが使われ、左右対称を大事にしたデザインです」
例えば、玄関を入ったところにあるホールには、2階へ上がる階段の脇に一つ化粧室への扉がありますが、もう一つ、反対側にダミーの扉だけをつくってあります。見た目に左右対称になるようにというデザインの配慮です。
驚くのは、階段の手すりも、丸みを帯びたデザインになっていること。飴色に磨き上げられた手すりを触ると、階段の上り下りも苦になりません。
ひとつひとつの調度の美しさは昨日今日のものではないからこそ、空間にえも言われぬ落ち着きを与えているのでしょう。
「元のオーナーさんは家具好きで、家具職人がここで拵えたり、リペアしたりもしていたそうです。当時のものが残っているので、全体に統一感が保たれているのですね」
長島さんに2階へと連れて行っていただくと、そこには驚くべき部屋がありました。
なんと2階の最初の部屋だけは、床の間をもつ立派な和室なのです。
「ここを建てられたオーナーのお母様が『ほっとする場所が欲しい』とおっしゃったので、この和室を作られたのだそうです」
欄間には桐の葉と九重菊をアレンジしたと思われる家紋が彫られていました。明治以前に、お上から下賜されたものなのかもと、想像が膨らみます。この家の由緒正しい歴史が感じられました。
「今は和の文化発信をするサロンとして、ここを活用しています。ヨーロッパのハイブランドの展示会のときには、ここでお茶を立てたりもしました」
さらに3階には、ダンスホールのようなフローリングの大広間が。フローリングといっても、寄木細工が施され、芸術品の上にいるような気持ちになります。
「今はここでトークイベントやシンポジウムも開催しています。地下にもファッションショーなどができるような空間がありますので、一棟まるごとで、そのブランドの世界観をつくってもらえるのです」
地下にはもともと金庫だったという小部屋のようなスペースも。重厚な鉄の扉の向こうに、アート作品が一つ、といった展示もあるようです。
「この場所がもつ気品と希少価値を共に高め合えるようなブランドとコラボレーションしたり、本物の文化を発信したいと考えています。そこは徹底して守っていきたいのです」。
1階は応接室や、ダイニング、厨房など、人の暮らしがまだあるような温もりさえある空間です。廊下から降りていくことができる広々とした日本庭園は、ガーデンテラスでもあります。
「当社の取り組みとして、単に緑をつくるのではなく、その土地や不動産の価値を高めるランドスケープを大事にしているんです。この庭も、京都の庭師とコラボレーションし、活用をイメージして再生しました。再生とはいえ、新しく入れたのは紅葉など一部です。樹齢200年の4本の楠、あの背の高い椰子の木ももともとあったものなんです」
この夏には、子どもたちを招き、この庭で自然と触れ合うワークショップを開催しました。
「最終的には『森のキャラクターをつくろう』という、デザインをアウトプットするワークショップでした。当社の代表は、子どもたちにこそ、この環境に慣れ親しんでもらいたいという強い想いをもっていまして。東京大学との共同研究で、当社の樹木医も参加し、その機材を使って、子どもたちに5日間、自然探求をしてもらいました。都会の真ん中で育っている子どもたちですから、わかってもらえるかなと、私たちもドキドキしました。子どもって素直ですからね。でも、子どもたちは生き生きと草木と触れ合って『ここに住みたい』と、目を輝かせてくれました。ここに来て、やっぱりいいな、ここを残していきたいなと思ってもらえないと、未来に残していくことが不可能ですから。私たちも『子どもを飽きさせない空間なんだな』と、改めて気づかされました」
樹木の声を聴き、自然のあり方と存続を考える。東邦レオという会社が大事にしていることは、これからの日本が大事にするべきことと一致します。
また、歴史的な建造物とは、文化でありアートでもあります。その美しい空間のもつ気配に身を委ねることで、人の五感は磨かれ、本質へと目を向けることができるようになるのではないでしょうか。
そこには確かに、緑と建物と歴史が織りなす香りがあるのです。
公式サイト
https://kudan.house/
写真提供:九段 kudan house
Text by Aya Mori