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• スペシャルインタビュー「今、かぐわしき人々」
  第224回：津村知与支さん（俳優）

《４》何かを感じるけど、遠い。嗅覚障害になったときの微妙な感覚

　道産子、という言葉も大事にしている津村さん。地元にはこんな香りの思い出がありました。

「子どもの頃の、食べ物の香りというのは強烈に憶えていますね。例えばラーメン屋さんの牛骨なのか豚骨なのかわからないけれど、ガツンとした獣臭いようなスープの香り。そういうのに引き寄せられて食べると、本当に美味しかった。そういうパンチのある香りが街に漂っていたんです」

　ところが最近は、その香りが薄まったと感じています。

「大人になって里帰りして、ラーメン屋さんの前を通っても、その獣っぽい香りを感じなくなったんですよ。それはなんなのかな。自分の嗅覚が弱くなったのか。それともラーメンの自体の香りが変わったのか」

　嗅覚については、コロナ禍にも感じることがありました。

「実は僕も新型コロナに罹患して、1日だけでしたが、味覚障害になったんです。そのとき、たまたま妻が味噌ラーメンを作ってくれて『美味しそうだね』って食べたんですが、食べても食べてもなんの味もしなくて。ちょっとニンニクを入れてみたんだけど、今度はそれも香らない。鼻が詰まってるわけじゃないのに。それはショックでしたね。食べるという行為は、実はとても嗅覚の影響が大きくて、香ってなければ美味しくないんだとそのときにはっきりと認識しました」

　そのときのことを、津村さんは俳優ならではの感じ方で感じていたようです。

「すごく不思議だったのは、無味無臭、というわけではないんです。何かを感じるけど、すごく遠いんです。靴の上から足をかかれているような。なんの味？なんの香り？という、それが遠いんですよね」

　それは、自らの感覚を呼び覚まそうという意識との葛藤だったのかもしれません。
　そのことがあってから、香りについて興味が深まりました。

「上の子が5歳なんですが、ちょっと喘息気味でね。それで妻が誰かに聞いて、パロサント、というのをたいたんです。木が燃えて、森林にいるような香りが漂うんです。それが、本当に心地よくて。子どもも症状が落ち着いてきました。若い頃はそんなのまったく興味がなかったけど、この頃は『この香りは落ち着くな』とか思えるようになりました」

　津村さんが育ったのは、北海道の登別。実にいろんな匂いに囲まれていたと言います。

「空気の良いところで、自然もありました。草木の香りもあるけれど、温泉があるから、風向きによって硫黄の匂いがすることがありました。酪農も盛んだし、製紙工場もあったし。あまりいい香りばかりではなかった。でもいろんな匂いや香りに触れ合ってきたかもしれません」
　香りにふれあい、人とふれあって育った津村さんは、どこかのどかな、おおらかな雰囲気を漂わせています。
　それは、時間をかけて居場所を見つけた人のもつ心が発するものなのかもしれません。

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道産子と越後人「直江津、午前五時五十九分まで」

●チケットはこちらから
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取材・文　森　綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』（スター出版）。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』（マガジンハウス）など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

撮影　萩庭桂太
1966年東京都生まれ。
広告、雑誌のカバーを中心にポートレートを得意とする。
写真集に浜崎あゆみの『URA AYU』（ワニブックス）、北乃きい『Free』（講談社）など。
公式ホームページ
https://keitahaginiwa.com