繊細な感性がその立ち居振る舞いにも漂う矢沢さんは、香りにもとても気をつかっています。
「僕は香りには昔から割と敏感です」
愛用のオーデコロンは、友人のさとりさんというパルファンが作る『MOTHER RAOD 66』。天然香料のフローラルがほのかに香る、いい匂いです。
「自分自身が変わることはできないけれど、香水をつけることによって、周りが変わるのです。周りが自分を見る見方、接し方が変わる気がします」
一方で、矢沢さんは香りの怖さも知っています。
「香りはその人の人間性を全否定することもあると思うのです。その人の匂いがダメだったら、もう好きになれないでしょ。面と向かって臭いますよ、とは言えないけれど、匂いがダメならダメじゃないですか。言葉や身なりの嫌はその時々『たまたま、そのときはこうだったのかな』と思えるけれど。でも最近、女性のにんにくの口臭は許せるようになりました。『ひとり焼肉に行ったのかな』ってね(笑)。料理は香りがないと美味しくないですもんね」
全国の様々な場所で演奏を続ける長い人生のなかで、場所と香りの記憶も結びついているそうです。
「あそこの会館はこういう匂いがしたな、とかね」
今年からのツアーでもまた、そんな香りの記憶が積み重ねられていきそう。
「70歳ですからねえ。やってみないとわからない。一般的には、リタイヤする人がほとんどで、土をこねたり蕎麦を打ったり合掌したりという年齢ですからね。
僕らはリタイヤはないのはありがたいけれど、いつかは幕を下ろすこともあるかもしれない。でも、聴いてくれる皆さんが元気が出るとか、頼むから頑張ってよと言われるとアリス冥利に尽きますね」
一音ずつの音とリズムに向き合い、一曲のなかのボトムを支えるストーリーを作り上げていく矢沢さん。アリスのなかで、彼の存在はまた、そんなふうに優しい気がします。エネルギッシュなサウンドをいつまでも響かせてもらいたいものです。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 山口宏之