横内さんは、脚本を書くとき、静かに本を読みたいとき、お香をたくそうです。
「タバコは吸わないのですが、灰皿とライターを用意していて、お香をたくのです。なにかのお返しでもらったジッポーのライターをひとつだけもっているので。高級なものはよくわからないのですが、ラベンダーやオレンジ、夜向けに調合した落ち着いた香りなど、何種類か使い分けています。人の心を支える。癒す。亡くなった人を供養する。お香の力は芸能に似たところがある気がします」
古来、「舞楽」など確かに芸能の始まりは神事に端を発したようです。脈々とそこにつながる能や歌舞伎の世界も、奉納されたりします。
「江戸時代、団十郎に睨んでもらうと無病息災になると言われたりしたそうです。寿命が伸びたと喜んだり」
それはなんだか「獅子舞に頭を噛んでもらうと子どもは元気になる」というのと似ています。要するにどちらも「縁起物」。
「僕はこういう時代に、もっと目に見えないものが大事にされてもいいと思うのです。疫病退散を祈るとか、鎮魂するとか。ワクチンがいつできるとか、効くとか効かないとかいう話より、人間の心そのものが元気になるようにもっていかないと。祈ることで乗り越えられるということもあるだろうし、それは文化や芸術にも似ていて。見えないもののなかに人の心を支える、癒すものがあると思うのです」
扉座の舞台再開へ向け、思いは複雑ですが、横内さんの演劇への思いはますます純粋になっているようです。
「リモートで会議はできる。演技の講座もできることはわかった。逆に対面より言いたいことが言える場合もある。語り尽くす時間を初めてもてた。でも、芝居はリモートではダメですね。あちこちでちょっとやっていたけど、うーん。高みには行けないな」
そして、文化を命がけで守ろうという思いが伝わってきます。
「新型コロナの感染が始まってすぐに、ドイツの大臣は『文化は生命維持装置だ』と言いましたね。日本でも同じではないですか。文化がなくては、人は生きていけない」
柔らかい物腰となめらかな語り口と対照的に、強く光る緊張感をたたえた瞳がありました。
文化を生み出す人たちの力は偉大です。文化を他人事にしてはならないのです。
劇団扉座オフィシャルサイト
https://tobiraza.co.jp/
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 ヒダキトモコ
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