息をするように筆をとってきた中澤さんは、これから世界へ書の世界を広げていこうというところ。
「新型コロナの流行する前にいただいていた、ニューヨークの個展などの話は今止まっていますが、日本ではないところでもどこへでも、書をもっていきたいという思いがあります。むしろ日本と縁の薄いところでの反応を見てみたいです」
数年前、真実さんと訪れたインドへの旅でも、そのことを大きく認識したそう。
「インドは絶対に再訪したい場所ですね。とにかく彼の地に人間の根っこを感じたのです。そのうえで、日本に生まれたこと、日本人であることの素晴らしさをあらためて認識しました。話したり、文章にしたりするのではなく、1枚の『書』というものでどう表現していくか。今回、生まれ育った浜松に居を構え、腰を据えて、もう一度、表現を構築していきたいと思っています。生涯をかけて、書を書いていきますので」
中澤さんに様々な「香」という字を書いていただきました。様々な書体が生まれる瞬間の中澤さんの心にあるものはいったいどんなものなのでしょう。そんなことを想像せずにはいられません。
筆を下ろす瞬間のきりりとした表情と、優しい笑顔と。両方が一体になっている中澤さんが、書家でよかったと思える瞬間は、やはり人がそれを見て生き返るような顔になってくれるとき。
「作品を見てもらって『元気になりました』とか『作品を見て、気持ちが明るくなりました』と言われるのは本当に嬉しいですね。人の心にいい作用を及ぼしたのだなと実感できると、続けていてよかったなと思います」
これからも中澤さんの書は人の心に様々な動きをもたらしていくことでしょう。
リアルに息づく彼の書は、世の中の状況に左右されることがないのです。
取材・文 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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撮影 初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家として活動を始める。
東川賞新人作家賞受賞、日本写真協会新人賞受賞、さがみはら賞新人奨励賞受賞。写真集に『Baghdad2003』(碧天舎)、『隣人。38度線の北』『隣人、それから。38度線の北』( 徳間書店)、『True Feelings』(三栄書房)、『沖縄のことを教えてください』(赤々舎)。