女性が帰り、その日の客も引くと、恭仁子は思い出したように幸に詰め寄った。
「幸さん、人が良すぎます。さっき、あのコに元町の不動産屋さん、紹介しようとしたでしょう。どうするんですか。あの品のないお父さん、ずっとうちに来たら。お店の雰囲気、変わっちゃいますよ」
幸はケタケタと笑った。
「いいじゃないの。別に。きっとね、うちに通って、常連さんたちと友達になれば、あっという間にハマの人になるわよ」
「そうかしら」
「そうよ。うちはお客さんを選ぶような店じゃないのよ」
「…」
恭仁子はまだわからない顔をしていた。
幸は静かに話した。
「私だって、もともとは10代から大阪の店にいたんだもの。いろんな人に出会って、騙されたり、救われたりして、東京でまたいろんな人に出会って。4年前に横浜に来て、何も知らないでお店を始めて。でも、ここの人たちは受け入れてくれるのが早かった。港町なのよ。みんな、流れついてここに来る。また居なくなるかもしれない。だからね、ちょっとの間でも、楽しくいて、素敵な思い出が作れたら、いいじゃないの」
恭仁子はその言葉を、母親の声を聞くように聞いていた。幸という人の人生の中にあったさまざまなことは、自分の預かり知らないことばかりのような気がした。
この店の雰囲気をつくっているのは、まず、その幸という人なのだった。
「幸さんは、おとなですね」
「そうね。それにおばハンだからね」
幸は笑って、蒸しておいたそら豆の皮を剥き始めた。
「薄皮はシワシワ。でも、中身はこんなにキレイな薄緑。それにほくほく美味しいのよ。パルミジャーノかけて、白ワイン飲みましょ」
恭仁子は一緒に薄皮を剥きながら、本当、シワシワだけど、と微笑んだ。
何歳になっても、シワシワの中身は、こうでなくっちゃと、幸を見つめ、また微笑んだ。
彼女はその夜、少し、おとなになったのだった。
筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
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https://www.facebook.com/aya.mori1
イラスト サイトウ マサミツ
イラストレーター。現在『婦人之友』表紙と目次。
J-WAVEラジオ番組『TALK TO NEIGHBORS』2つのイメージイラストを手がける。
*絵本:『はだしになっちゃえ』『ぐるぐるぐるーん』他(福音館書店)『Into the Snow』他(Enchanted Lion Books)など多数。
*ホスピタルアート: 愛知医大新病院 他、現地で手描き制作。その他壁画、ウィンドウアート、ライブドローイングなど幅広く活動。
Instagram:masamitsusaitou