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  • 第28話 本日のお客様への料理『子どもの頃に食べたようなハンバーグ』

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🥂Glass 4

 凛花が席を立とうとするのを幸は手を差し伸べながら、手伝った。彼女の変わらないすべすべした手に、幸は彼女の今も続く幸せを感じた。

「あ、動いた。蹴ってます。ほら」

 握った幸の手を、凛花は自分のお腹にそっと当てた。
 幸は生まれて初めて、お腹の中にいる人の命に触れた。命は動いていた。小さな足の形で、あるいは手の形で、凛花のお腹越しに幸の手に触れた。
 生涯、子どもというものをもたずに来た幸にとって、それはとても大きな事だった。
 失恋してこの店にやってきた凛花が、ここで生涯寄り添うと決める相手と巡り会って、そして新しい命を宿している。
 その物語を一瞬にして読んだような気がして、胸がいっぱいになった。
「動いてる。嬉しい」

 幸はそう言って、名残惜しそうに、お腹から手を外した。

「いつだっけ、予定日」

「8月2日です」

「暑いときに生まれてくるのね。火の男ね」

 藤原が言った。

「8月2日? そこやったら、僕、おんなじ誕生日ですわ」

「えー」

 凛花がなんとも言えない顔をしたので、皆が笑った。

「運いいですよ、僕ー。マジでー」

「大丈夫、声が大きいとは限らないから」

 幸が言うと、また、店は笑いに包まれた。
 子どもの頃に食べた味を思い出した大人たちは、いつも以上に優しくなれるのだった。

第28話 本日のお客様への料理『子どもの頃に食べたようなハンバーグ』

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト   サイトウ マサミツ
*J-WAVEラジオ『TALK TO NEIGHBORS』の番組イメージイラストを2種類制作。
*『婦人之友』2024.4月号〜2025.3月号の表紙と目次の絵。
*絵本:『はだしになっちゃえ』『ぐるぐるぐるーん』他(福音館書店)『Into the Snow』他(Enchanted Lion Books)など多数の絵を手がけている。
*ホスピタルアート: 愛知医大新病院 他、現地で手描き制作。その他壁画、ウィンドウアート、ライブドローイングなど幅広く活動。個展も多数開催している。
Instagram:masamitsusaitou

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