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  • 第32話 本日のお客様への料理『深夜の海老のアヒージョ』

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🥂Glass 4

 ミツコの息子にひと目でも父親に会わせてやりたい。幸は大阪に来る前から、この二人に相談するしかないと決めていた。自分よりも北新地の、大阪のあの頃の人たちのその後を知っていて、そして頼りになる。
 元恋人のパグは竹内の会社にいたが、そこを出たと言っていた。どんなふうに退社したのかわからないし、何よりパグと連絡を密に取り合うことも気が引けた。
 それに男の人はすぐに認知だなんだと、法的なことに先走るだろう。

「ミツコさん、息子さんがいたんよ。竹内さんて、いたでしょ」

「タケウチさん、タケウチさん…」

 ケイが呪文のように呟いて、言った。

「いやー、分かりませんわ。私らが店に入る前のお客さんやないですか。だって、私ら、幸さんがママになって入ったんですもん。ミツコさんがロータスにおったのも知らないんですよ」

「ああ、そうか」

 幸はがっかりした。そうだった。この二人は、ミツコが竹内に裏切られ、屋上から飛び降りようとした事件も噂だけで、本当のところは知らないのだった。

 恐る恐る、勘のいいケイが聞いた。

「ミツコさんは、その竹内さんっていう人の、子どもを産んでたってことですね」

「うん。こっそりな」

 ケイもヒトミもなんとも言えない顔をした。幸はでもやっぱり、二人に話してよかったと思っていた。何より、自分の心の荷物を少し持ってもらえたようで。
 ヒトミが言った。

「花火がちょっとだけ上がるみたいやから、それ見たら帰って、うちで飲み直しましょうか。この間、阪神でワインフェスやっとったから、ええワイン買うときました」

 ケイは口の中でまだ「タケウチさん…」と呟いていた。

🥂Glass 5

 ヒトミの暮らすマンションはそんなに高層ではなかったが、最上階だった。眺めもよく、リビングは27畳あった。
 夫の敏朗はヒトミのように大柄で、並ぶと姉弟のようだった。ちょろっと顔を出し「いつもどうも家内がお世話になりまして」と笑顔で挨拶し、ヒトミにはこう言った。

「明日ゴルフやから寝るわ」

「うん。この暑いのに。気ぃつけや」

「わかってる… ほな、みなさん、ごゆっくり」

 俊朗がいなくなると、幸もケイも小声でヒトミをつついた。

「ええご主人やねえ」

「ようあんな人おったな。一緒にゴルフ行けへんの」

 ヒトミはちょっと照れて目線を逸らしていった。

「行けへんよ、暑いのに。お客でもないしな」

 三人はあははと笑った。

 ヒトミは申し訳なさそうに言った。

「ママ、うち、何もないけど」

「なんかあるやろ」

「見てーや」

 ヒトミは幸を冷蔵庫に連れていった。
 外食が多いのだろう。確かにほとんど何も入っていないが、冷凍庫に海老と、野菜室にマッシュルーム、にんにくを見つけた。

「オリーブオイルと白ワインあるよね」

「あるある」

 海老を塩水で洗って解凍し、水気をとって、白ワインに漬けこむ。その間にマッシュルームを一口大に、ニンニクを薄く切り、小鍋に全てを入れてヒタヒタにオイルを注ぐ。あとは火を入れるだけだ。

「海老のアヒージョね」

「わあ、おしゃれ」

「シャンパンもあるけど… さっきビール飲んだから、白にしよ」

 ヒトミはとっておきのシャサーニュ・モンラッシェを取り出した。

「かんぱーい」

 ワインのなかのナッツのような香ばしさが海老とよく合う。幸が言った。

「美味しい。なんかさ、バブルの頃にいろんなワインを飲んでたと思うんだけど、もっと味わって飲みたかったよね」

 ヒトミが頷いた。

「そうねえ。お客さんのことばっか気にしてたしね」

「あ」

 そのとき、ケイが声を上げた。

「思い出した。タケウチさんてさ、保険の会社をやってる人よね。その会社、うちのお花のお得意さんやわ」

「ええー」

 今度は幸とヒトミがハモった。
   幸は堰を切ったように言った。

「ケイちゃん、その人、竹内さんに会えるかな、私」

「社長とは直接やりとりしてないけどねえ…」

 ヒトミとケイは顔見合わせ、また幸がおせっかいなことをしようとしていることを同時に悟った。

第32話 本日のお客様への料理『深夜の海老のアヒージョ』

第32話 本日のお客様への料理『深夜の海老のアヒージョ』

筆者 森 綾
フレグラボ編集長。雑誌、新聞、webと媒体を問わず、またインタビュー歴2200人以上、コラム、エッセイ、小説とジャンルを問わずに書く。
近刊は短編小説集『白トリュフとウォッカのスパゲッティ』(スター出版)。小説には映画『音楽人』の原作となった『音楽人1988』など。
エッセイは『一流の女が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など多数。
http://moriaya.jp
https://www.facebook.com/aya.mori1

イラスト   サイトウ マサミツ
*J-WAVEラジオ『TALK TO NEIGHBORS』の番組イメージイラストを2種類制作。
*『婦人之友』2024.4月号〜2025.3月号の表紙と目次の絵。
*絵本:『はだしになっちゃえ』『ぐるぐるぐるーん』他(福音館書店)『Into the Snow』他(Enchanted Lion Books)など多数の絵を手がけている。
*ホスピタルアート: 愛知医大新病院 他、現地で手描き制作。その他壁画、ウィンドウアート、ライブドローイングなど幅広く活動。個展も多数開催している。
Instagram:masamitsusaitou

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